35 ありがとう。
体を焼かれる痛みに耐え、祝詞を唱える。
痛いなんて感じるな!
集中しろ!
無心で唱えるんだ!
全身汗だくブタだくになって、眞代子さんに体を拭いて貰う。お腹の皮がベロンと剥がれ落ち、赤い肉と神経が剥き出しになった。そこへ焼けた炭を押し当てると、飛び上がりそうなほどの激痛が走る。額に浮かぶ脂汗。苦痛で自然と涙がこぼれる。その痛みに必死で耐えた。前庭や城壁の外で大きな物音がする。女子供の叫び声と泣き声。阿鼻叫喚。首里城は完全に包囲され、城内外から連日犠牲者が出た。白虎隊の人数も日毎に減っていった。
「離魂と帰魂も習得出来たね」
僕に付き合って燃える炭の傍にずっといる青龍さん、朱雀さんも汗びっしょりである。
「もはやこれまで。この城は限界のようだ」
「生き残っている人も僅かになってしまいましたわ」
「一昨日! 逆に毛人を狩って肉を食ってやったからな! 怒り狂って本気で落としにかかってやがる! クソッ! 奴らオレたちの仲間を何人ヤッたと思ってんだ!」
「筋肉質で筋張っていたけど、美味しかったね」
食べる前は、この毛人は人間を喰っていたのだから食べるのはちょっと……などと言っていた青龍さんも、久々の肉に幾分元気を取り戻した様子。
「おう!! 最後の晩餐ってやつだ!」
再び豪快に笑ってから、白虎さんは急に真顔になった。
「青龍が前に言ってたな! お前が嫌いだったってよ! 今だから言うがオレも嫌いだったぜ! こんな肥え太ったブタ野郎が! オレらの苦労も知らねえでってな!」
グッと顔を近付けて来る。僕は白虎さんの目を真っすぐに見詰め返した。
「だけどよォ! 案外肝が据わってんじゃねえか! お前は頑張った! 精いっぱい努力したよ! なあ頼むぜ! 世界を救ってくれ!!」
「必ずやるよ」
白虎さんと固く握手を交わす。
「もっと……話したかった……」
いつの間に現れたのだろう。玄武さんが隣にいた。
「明智光秀……本能寺……ヴェノナ文書……楽しかった……」
「僕も楽しかった。歴史の話、謀略の話。またいつかしよう!」
「また……」
玄武さんとは、本当に話が合った。修行の合間に。食事の後に。何度となく話をした。もしこんな世界じゃなかったなら。21世紀の日本でなら。友達になれたのかな。
「耕作様の吸収は本当に早い。もっと色々な術法を教えたかった。耕作様なら、いずれ失われし術法も全て使えただろう」
青龍さんとは、一緒にいた時間が一番長かったかも知れない。修行の間、付ききりで指導をしてくれた。
「僕がこうして栞奈を救いに行けるのは、青龍さんのおかげだ」
青龍さんは静かに首を振る。
「耕作様の力を借りるのは手前どもさ」
「僕は……僕は、栞奈を助けるためだけに、この使命を受けたんだ。だから……」
「知っていたよ。それでも、やってくれるんだろう?」
「もちろん!」
「どうして八咫鏡が耕作様を選んだのか。やっと分かった。術法の習得にかける熱量。その源は、ただ彼女を救いたい一心。一途に彼女を想い、彼女のために努力し、こうしてスタートラインに立ったんだ。耕作様なら、必ず彼女を救い、世界をも救ってくれると、今なら確信を持って言える」
「もう時間がねえぞ!」
中庭の門のすぐ傍、激しい喧騒が聞こえる。毛人がすぐそこまで迫っている。
「日没まで2時間ってとこか! この門はオレが必ず死守する! 今日一日は絶対奴らを入れさせねえ! 玄武! 行くぞ!!」
「では始めよう。耕作様の魂を元の世界へと送り出す、送魂の儀式を」
「白虎さん! 玄武さん! 青龍さん朱雀さんも。最後に言わせて下さい。僕をここまで連れてきてくれて、ありがとう。僕にチャンスをくれて。ありがとう!」
振り向きもせず、天叢雲剣を握ったままの隻腕をひらひらと振る白虎さん。玄武さんは姿を見せなかった。
「作戦の詳細を説明しよう……」
× × ×
「耕作様。こちらへ」
朱雀さんが膝をポン、ポン、と叩く。いや、膝枕はちょっと……
「今回ばかりは、こちらに来て頂かねばなりません」
「そうなの?」
青龍さんの方をチラッと見ると、優しく微笑んでいる。もう睨まれる事もない。僕に向かって大きく頷いた。そうなのか~じゃあしょうがないな~! 久しぶりに感じる朱雀さんの太ももの感触は、控えめに言って最高だった。
「耕作様……」
青龍さんと青龍隊の全員が集まり、八尺瓊勾玉を手に祝詞を唱え始めた。僕の瞳に朱雀さんの顔が逆さまに映る。ぐっと顔を寄せてくる。何? 何!?
それは、長い長い、口づけだった。
朱雀さんの息が、僕の肺に入ってくる。
えっ!? 何?
「耕作様。これは必要なことなのです」
「えっと?」
「離魂の術。耕作様の魂が離れますと、この肉体は活動を停止します。その間、私がこうして御守りしております」
人工呼吸……か。
「耕作様! 耕作様の御体は此処にあります! 使命を果たして、必ず御戻り下さいませ。私、ずっとこうして御待ちしております! ずっと、ずっと、御待ちしていますから!」
ああ……みんな、本当にありがとう!
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