5-2.答え合わせ
──それぞれ順番にお風呂に入り、ソファーの上で二人くつろいでいると……
「ひとつ……聞いてい?」
柊が聞きづらそうな様子でゆっくり言葉を発する。
「俺との約束……10年守ってくれたって言ってたけど……、その……彼氏とかは……いたりした……よな……?」
柊が聞きたいことは、よく分かった。
私は柊が過去の話をしてくれたのと同じように、自分もすべてを話したいと思った。
「彼氏ね……うん、いたよ」
「そっか……。まぁそうだよな……」
柊は複雑な顔をして天井を見ている。
「……どのくらい付き合ってたの?」
さらに深く聞いてきたので……
「……3年」
私も素直に答えた。
「え、3年も?!そんなに長く付き合ってて……1回も………シなかったの?!」
「……うん」
「いや、待って。すげーなその相手の男……。尊敬するわ、まじで。笑」
「……うん。……ほんとに素敵な人だったの」
私は天井を見つめながら……彼のことを思い出していた。
「……もしかしてさ?」
「ん?」
「その相手って……天王寺?」
柊は私の顔を覗き込むようにして聞いてくる。
「うん、そう」
私が言うと、柊はどこか納得したような……でも少し切なそうな……難しい顔をして。
「やっぱそっかー……」
ため息に似た長い息を吐きながら、話し始めた。
「……前にさ、一度だけ俺……亜妃に会いに行ったことあんだよね」
「え?うそ……」
柊はその頃を思い出すようにゆっくりと話し始める。
「あの日から3年半ぐらい経った頃かな?お前の顔どーしても見たくなってさ……。すげー会いたくなって……」
「元気にしてるかどうか見れたら、それだけで良いって思って……。金ないから夜行バス乗ってさ、久しぶりにあの家入って……俺の部屋の窓から外見て待ってたんだよね」
あ……もしかしてあの日……柊の部屋の雨戸が開いてた日……?
「そしたらさ、天王寺と楽しそうに笑いながら歩いてくる亜妃が見えて……。正直複雑だったけど……、元気に笑っててくれてほっとしたっつーかさ」
「まぁそりゃ、悔しかったけど。亜妃の隣に違う男がいるってのは……やっぱ相当ダメージでかかったけど。俺は全然当たり前のようにまだ好きだったしさ?笑」
「でもお前はもう前に進んでるんだなと思って……」
柊はずっと儚げな目で部屋の一点を見つめていた。
「天王寺……あいつ良い奴そうだし。あいつならお前のこと幸せにしてくれるよなって。そう思って、名古屋帰ったんだよね」
「……まぁ、もしあん時、お前に気付かれてたとしても……俺もう女の家でほとんどヒモ状態だったから。情けなくて合わせる顔なかったけどな……?笑」
「そう…だったんだね……」
あの頃の記憶が一気に蘇ってくる。
「でも私……あの頃はまだ彼とお付き合いしてなかったよ?」
「え?!まじで……?」
お互いに過去の答え合わせをしているような……こうやってちゃんと話せてる“今”に幸せを感じつつ。
私は勇人くんのことを思い出していた。いつも隣には勇人くんがいて、たくさん笑わせてくれていた。
もし、彼がいなかったら……私は今こうして柊と笑い合うことなんて、できていなかったと思う。
私にとって勇人くんは間違いなく大きな存在で……かけがえのない大切な人だった。
「……私の過去のことも、話していい?」
勇人くんとのこと。
私がどんな気持ちでこの10年過ごしていたのか。
その全てを、柊に聞いてほしかった。
柊は覚悟を決めたように小さく頷くと……
「ぜんぶ聞かせて?」
優しい瞳で、そう言ってくれた──
「この前、柊と再会した日……。“辛かっただろうに、グレたり病んだりもせず、夢も叶えててすげーな”みたいなこと……言ってくれたでしょ……?」
柊は小さく頷いた。
「私が変わらずいられたのはね……、彼のお陰なの。間違いなく、勇人くんのお陰」
私はすべてを話した。
柊と離れ離れになったあの日から、ずっと勇人くんが側にいてくれたこと。
柊のことがまだ好きだと知りながらも、そばにいさせてと言ってくれたこと。
彼と付き合ってからも、私は柊が忘れられなかったこと。そんな私をずっと大切にしてくれていたこと……。
柊は少し寂しそうな切ない表情しながら、静かに私の話を聞いていた。
「──3年経った頃にね、言われたの」
「これ以上一緒にいたら、どんどん欲が出てきて、私の気持ちも身体も……全部欲しくなってしまいそうで……自分が怖いって」
「だから別れようって……、言われて…っ…、…」
あの時の勇人くんの表情を思い出し、涙が込み上げてくる。
「大切な人の気持ちに応えられないのって、こんな辛いんだなって……っ…、」
涙声で話し続けた。
「このまま私……自分のことを想ってくれる人に出会っても、一生誰も愛せないんじゃないかって思って……。もうこんなんなら……生きてても誰かを傷付けるだけだなって……。その時……思っちゃって……」
柊は無言のまま優しく肩を抱いてくれて、小刻みに震える背中をそっと摩ってくれた。
「でもね、勇人くんが最後に言ってくれたの。運命って本当にあると思うって。また絶対逢えるって。だからお互い……頑張って生きてこうねって……」
話終わった私の心は、すっきりと澄み渡っていた。
柊は私を向き合わせると、太い腕でそっと包み込んでくれる。
「あいつ……」
そう呟いて、ふっと少し呆れたように笑うと……
「死ぬほどかっけーじゃん。まじで天王寺……男の俺でも惚れるわ。笑」
「3年もめちゃくちゃ好きな女の側にいて、手出さないでいれるなんて……普通じゃねーよ。お前よく本気になんなかったな?逆にすげーわ。笑」
笑いながらも、安心したように言う。
「でも……なんか良かった。大切にしてくれる人が亜妃の側にいてくれてたんだな。俺もあいつに感謝しないとな?」
やさしい声で、頭を撫でてくれた。
「──ちなみに……さ?」
「ん?」
柊は躊躇いながら静かに口を開く。
「その……、キスは……さすがにしたよな……?」
「ふふっ、そこ気になる?笑」
思いがけない質問に、つい笑ってしまう。
「……うん、したよ」
私は正直に答えた。
「だよな」と言って、柊は少し遠い目をした後……ふぅっと短くため息を吐いた。
勇人くんとのキス……。愛されているのをいつも感じていたし、決して嫌ではなかったけれど……。
勇人くんとキスしても……胸の奥底が熱くなって何かが込み上げてくるような……愛おしくてたまらなくて、心臓が壊れそうな程に高鳴る気持ちは、少しも沸いてこなかった。
理屈じゃなくどうしても、私は柊じゃなきゃダメだった。
「──柊?」
「ん?どした?」
「……っ、」
柊が今隣にいてくれることが、たまらなく幸せに思えて。
私は自分の唇を、柊の唇にそっと押し当てた。
「柊だけだよ、わたしには」
しっかり目を見つめてそう言うと……
「……反則だろ……こんなん……、」
不意打ちのキスに照れて項垂れる柊が可愛くて。また胸がキュンとなった──
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