4-9.守りたい


──処理を終え、隣に寝転ぶ柊。


 昔のように腕枕をして、私の髪を優しくなでてくれる。


「俺さ………」


 柊は何かを腹に決めた様子で話し始めた。


「亜妃には隠し事できないし、したくないから……。聞きたくないかもしんねーけど、全部話すな?」


 柊は、あの日の朝から今日までのことを記憶から掘り返すように、一つ一つゆっくりと話してくれた。


 名古屋に行ってからのこと。

 あの手紙を書いた日のこと。

 ママと穏やかに暮らしてた頃のこと。

 ママが突然自殺を図った日のこと。

 昔の家の家具家電を全て売ったこと。

 それでもお金が足りずホームレスになったこと。

 そのとき看護師さんに助けてもらったこと……。


 

「──最初はさ、親切な人だなって普通に甘えちゃってたんだけど……。少し経ってから……なんかこう…女を出してくるっつーの?……んー、すげー言いづらいんだけどさ…、」


 柊の言いたいことを察して、胸がギュッとなる。


「まぁ、簡単に言うと……金払わないで家にいて良いから、身体の相手してくれって………」


 柊は気まずそうに続ける。


「俺もう……その人に捨てられたらまじでまたホームレス生活しなきゃで……。もうさ、そのときまじで生きてくのに疲れてて。すんげーダサいし最悪なんだけどさ……。それで……まぁ……そうゆうことで……」


 私の中からフツフツと、何かが湧き上がってくるのを感じる。

 

「でも俺やっぱこのままじゃダメだって思ってさ。

 それでその人の家を出て住み込みの工場勤務し始めたんだけど……、やっぱり金が足りなくて」


「まじでどうしよーって思ってた時に、工場の先輩からホストやれば稼げんじゃね?って言われて……」


「んで、気付いたらトップになってた。笑」


 天井を見つめながら話し続ける柊の隣で、私はただ静かに話を聞いていた。


「金はさ、ほんとに死ぬほど稼げて。お陰でママの入院費も余裕で払えるようになって。でもな……生活に余裕ができても、心はポッカリ穴が空いたままっつーか。なんかもう……さ、いつ死んでもいーやって。毎日投げやりに生きてた感じ」


「女なんて抱いてあげれば貢いでくれるし?性処理できて、金に繋がるならとりあえず相手してやって、テキトーに機嫌取っておけば良いやって」


……胸が……苦しい。


「まじで最低な生活してたんだわ俺。この10年」


「どんどん腐ってく自分が、醜くて汚くて大っ嫌いでさ……。No.1だとか何だとかって周りに騒がれても、ほんとに何も感じなくて。こんな人生早く終われば良いって……ずっと思ってた」


「ぶっちゃけ何度も死のうと思ったよ?ママもいつまで生きてんのか分かんねーし、俺も生きてる意味とかまじで分かんなくなってさ。でも最終的に浮かんでくんのは……いつも亜妃だったんだよな……」


「……私?」


 柊の顔を見上げる。


「万が一誰かから俺が自殺したなんて聞いたら……絶対悲しむよなぁって思って。

 亜妃を悲しませることだけはしたくなかったから」


「だから、自殺と犯罪だけはしないって。どんなに腐ってもその二つだけはダメだって、心に決めてた」


 衝撃的な事実の数々。


 悲しくなったり、苦しくなったり、怒りが沸いたり……。

 あらゆる感情で私の心は忙しかった。


 けれども、すべてを聞き終わった今……不思議と心は穏やかだった──



 この10年の話をしている柊の表情が、みるみるうちに柔らかく優しくなるのが分かって。


 つらい過去を私に話すことで、少しずつ消化してくれているのを感じた。


「な?分かったっしょ?俺がどんだけ汚い人間か。亜妃のこと汚したくないって言った意味。今の俺は、昔の俺じゃないんだよ……。なぁ、だからやっぱ……俺たちはも……「柊?」


 もう、その先の言葉は……言わせなかった。


「話してくれてありがとう」


 そっと身体を起こし、柊の髪をやさしく撫でる。


「私のこと守ってくれて、ありがとね」


 穏やかな心の内が、自然と顔に現れているのを自分でも感じていた。


「これからは私が柊のこと守りたい。その辛かった10年のことなんて、私があっという間に忘れさせてあげるから。だから……そばにいさせて?」


 私の中に迷いや不安は何一つなかった。


 柊を幸せにしてあげたい。この10年の虚しく苦しかった日々を忘れさせてあげたい。ただ、それだけを強く思った。


 私の言葉を聞いた柊は、一瞬驚いたような顔をしたけれど……


 ふっ、と何かを諦めたように小さく笑って。


「やっぱ……お前ってすげー女だわ」


 ゆっくりと身体を起こす柊。



「……もっかい抱いてい?」


 優しく微笑みながら、私に覆い被さった。


 ゾクゾクするような男の顔をした柊。


 懐かしいその瞳に……もう……迷いの色はなかった。


 2回目の行為はひたすら愛を囁き合い…

 お互いの素肌と体温を堪能し合って…

 ただただ幸せを感じる時間だった。



「亜妃?」

「ん?」

「愛してるよ」

「私も、愛してる」


 10年の歳月なんて、どうってことはなかった。そんなのは二人にとって、ただの数字に過ぎなかった。


 一瞬にして、あの頃の感情がフラッシュバックし、二人は互いに深い深い愛を感じていた──

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