4-6.会いたかった


『お〜!先日の!……ヒカル君かな?!』


 スタッフの男性が、営業スマイルで聞いてくる。


「はい……お願いします」

『はーい!少々お待ちくださーい!』


 しばらくお店の入口で待っていると、私はまたVIPルームへと案内された。


 広々とした中に入り、ポツンと独りウーロン茶を飲んで柊を待つ。



「……もう来んなって言ったろ?」


 部屋に入ってきて早々、私に向けた言葉と裏腹に……泣きそうな顔をしてる柊。


「……どうしても……伝えたいことがあって……」

「伝えたいこと……?」


 私はバッグの中から、封筒を取り出す。


「手紙が届いてたの……お母さんから」

「………」


 柊は私の隣に腰を下ろし、手紙を受け取ると……ゆっくりと読み始めた。



───────────────────


柊くんは元気にしていますか。

実は柊くんに伝えてほしいことがあり、

この手紙を書きました。


昨晩、柊くんのお父さんが亡くなりました。

今年に入ってから胃がんが分かり、

既に末期で手の施しようがありませんでした。


もし亜妃が今も

柊くんと連絡が取り合えるならば、

明後日の葬儀に来てもらえないかと

伝えてもらえないでしょうか。


勝手なのは重々承知しています。


でも彼は息を引き取る直前まで

ずっと柊くんのことを気にかけていたんです。


どうか最期に顔を見てあげてほしいんです。


……

───────────────────


 読み終わると、柊は静かに手紙を閉じる。


 放心状態といった感じで、ぼーっと机の一点をしばらく見つめていた。



「……一緒に行こ?」


 私は柊の方に身体を向ける。


「柊のパパの最期……一緒に見届けてこよ?」


 柊は私の視線に気づいているようだけど、こっちを見ずに未だ机を見つめてる。


「柊はパパにもう会いたくない?……憎んでる?」


 柊は一瞬迷った後……首を横に振った。


「私もね……お母さんに会いたいの」


「確かに……酷いなって思った。最低だなって、勝手だなって、何度も思った。

 でもね、私、お母さんのこと……どうしても嫌いにはなれないの……」


 私は正面に向き直り、続ける。


「それに私……分かるから。本気で誰かを好きになったら、常識とか理屈じゃどうにもならないって。変な行動起こしちゃうのも分からなくない。そこまで愛せる人と出会えるのって……ある意味、奇跡だと思うから」


「だから私、お母さんにも柊のパパにも会いたいの。柊のパパをちゃんと見送ってあげたい」



 私の言葉を、最後まで静かに聞いていた柊。


 ふっと口元を緩めると……


「俺も……お前とまったく同じ」


 柊が私の方を見る。


 視線がやっと、重なり合った。


「一緒に行こう」


 柊のその瞳に……もう迷いはなかった──



──そのまま私は名古屋のホテルに泊まり、翌朝の飛行機のチケットを2枚取った。


 柊とは翌朝、空港で待ち合わせていた。来てくれないかもしれないという不安は、なぜだか少しもなかった。



「おはよ」

「はよ」


 金髪にサングラスをかけ、全身黒のコーディネートをした柊。


 まるで芸能人みたいなオーラを放っていて、普通の格好をした私は、隣を歩くのが恥ずかしかった。


 飛行機に乗り込むと……1時間半程でその場所へと着く。


 私の母親と柊の父親が、晩年2人でひっそり愛を育む場所に選んでいたのは……


 広大な自然の広がる北海道だった───



 北海道に着くと、すぐさま葬儀場へと向かった。


 もう既にお尚香の列は短くなっていて、ギリギリ間に合ったところだった。


 ふと見ると……喪主の席にいるお母さんと、目が合った。


 お母さんは勢いよく立ち上がると、周りの反応も気にせず、真っ直ぐに私に駆け寄ってきて……


「あき…っ…亜妃……ごめんね……、……ほんとに……ごめんなさい……亜妃…っ」


 お母さんは何度も謝りながら私をきつく抱きしめ、ポロポロと涙をこぼした。


「お母さん……、会いたかった…っ……」


 お母さんの背中に手を回し、私も涙を流していた。


 しばらく抱き合って泣いて……お母さんはそっと私から離れ、私の後ろに立っていた柊を見た。



「柊くん………」


 涙声で呟く。


「本当に………申し訳ありませんでした…っ……」


 深々と頭を下げ、再び涙を流し続けていた。


「お母さん………、頭上げてください」


 柊はお母さんの肩を持ち、そっと力を込めて優しく顔を上げさせる。


「連絡………ありがとうございました」


 柊はお母さんを穏やかな笑顔で見つめていた──

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