4-5.1通の手紙


──どれくらいの時間……泣いてたのだろう?


 涙が落ち着いてきた頃、VIPルームのドアをノックする音がした。


 入口を見ると、スタッフの男性が部屋に入ってくる。


「亜妃さん。ヒカルさんから……伝言です。『御代はいらないから気を付けて帰るように』と」


 泣き腫らした私の顔を見て、遠慮がちにそう伝えてくれた。


 “やっぱり柊は何も変わってない”


 最後の伝言の内容ですら優しさに溢れていて、私はそう強く実感させられた。


「あの……仁美さんは……?」


 気になって聞くと、


「かなり酔っておられまして……先程当店のNo.2と共に、帰られました」


 仁美さんに失礼がなかったかの心配は、取り越し苦労に終わったようでほっとする。


 ソファーから立ち上がると、泣き過ぎたせいか頭がぽーっとした。


 “もう二度とここへは来んな”


 そう私を突き放す柊のあの悲痛な表情が……目に焼き付いて離れない。


「あの……、しゅ……じゃなくて……ヒカルさんに伝えていただけますか……?」


 私の気持ちは、一つだった。


「また会いに来るから、と」



 やっと会えたんだもん。

 絶対に諦めるわけにはいかなかった。


 それに、柊が何をどう考えて私を突き放したのか……その理由もまるでテレパシーのように伝わってきた。


 “亜妃……助けて……”


 そんな心の叫びが、聞こえたような気がした。


 私は次に来るときに迷わないよう、帰り際お店の名前をスマホのメモ帳に記録して、ホテルへと戻った。



──翌日仁美さんと合流し、予定通りの新幹線で東京に帰ってきた私。


 本当はあのまま名古屋に残って、もう一度、柊と話したかったけれど……


 仕事を休むわけにはいかなかったし、きっとあのまま何度押しかけても、柊は私を受け入れてくれないだろう。


 どこにいるのかが分かった以上、一旦時間を置いて、柊の心を開くにはどうすれば良いのかを考えることにした。



 それにきっと………柊はあそこから居なくなることはないだろうと。


 言葉では突き放しても、きっと私を待っていてくれるだろうと。


 直感的に、そう思っている自分もいた──



──それから数日間、毎日柊のことを考えながら仕事に打ち込んだ。


 次の休みにまた絶対に会いに行こう。


 そう思いながら、その日も仕事を終えて自宅へ帰る途中……


 スマホを開くと、珍しくお父さんからLINEが届いていた。



『急用があるので、今から家に行きます』


 何事かと慌てて家に帰ると、お父さんが玄関の前で待っていた。


「亜妃……突然すまない。……これ…、」


 そう言って、一通の手紙を渡された。



 その差出人の名前を見た瞬間……


 私の心臓は一気に跳ね上がり、全身がパーッと熱くなるのを感じた。


「え、これ、どうしたの?!」

「……とりあえず……読んでくれ」


 促され、慌てて中の便箋を取り出す。


 中には2枚の便箋が入っており……


 1枚はお父さん宛て。

 もう1枚は私宛てだった。


 私は自分宛ての方を開いて、貪るように読み始めた。



───────────────────

亜妃へ


今更何の用だと思われて当然だと思っています。

でも、どうしても伝えたいことがあり

こうして手紙を書きました。


あの日、柊くんのパパと二人で

突然家を飛び出してしまったこと

本当に申し訳なく思っています。


全てを捨ててでも

人生を賭けてでも

一緒になりたいと思う人と出会い、

許されないと分かっていながらも

彼の側にいる道を選んでしまいました。


つらい思いをさせてしまって、

本当にごめんなさい。


謝っても許されることではないけれど…

本当にごめんね。


柊くんは元気にしていますか。

実は柊くん……………

───────────────────


 紛れもなくその手紙は……お母さんからのものだった。


 夢中で読み、気が付いたら頬が濡れていて、自分が泣いているんだと分かった。



「──行ってきなさい、亜妃」


 お父さんは言った。


「お父さん……ありがとう」


 私は一旦家に入り荷物をまとめ、その脚で東京駅に向かい新幹線に乗り込んだ。


 あまりにも突然の手紙で……現実なのかまだよく理解できていなかった。


 お母さんを憎いと思ったことがないと言ったら、それはやっぱり……嘘になる。

 沢山いやな思いもした。寂しい思いも沢山した。


 そして何より……


 大好きな人──柊と、離れなければならなくなってしまったことが……本当に辛くて、辛くて、苦しかった。


 それでも、大好きだったお母さんがこの世界のどこかで今も元気に生きていることが分かり……


 何か張り詰めていた糸が一つ解けたような、どこか軽やかな気持ちが、私の中に芽生えていた。


 

──賑やかな夜の街を歩く。


 うんざりするほど明るいライトの中、その場所へと迷うことなく足を進め、ゆっくりと階段を降りる。


『いらっしゃいませ、ようこそ』


 先日訪れたばかりのホストクラブに、私は再び足を踏み入れていた──

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