4-4.汚したくない~柊side~
──日曜日の昼間……懐かしい家のインターフォンを押す。
中から声がして、ドアが開くと……
「……えっ……しゅーちゃん?!」
「……お久しぶりです」
軽く頭を下げて顔を上げると……少し目を潤ませ、やさしく微笑んでくれる。
「……上がって?」
俺は2年ぶりに、彼女の家へと上がった。
俺をラグの上に座るよう促し、お茶を入れてくれた。
「ほ~。金髪にピアスか……。ま、しゅーちゃんならそっち行けばすごい稼げるだろうなって……私も思ってたんだけどね?笑」
俺が話し出す前に話し始める──真知子さん。
「あたしさ……あの頃すっごい寂しかったんだよね。東京で婚約してた彼氏に振られてさ、どこか遠くで働きたくて名古屋に来て……」
「毎日毎日仕事してさ……疲れたなーって。お金ばっかり貯まってくけど、なんか毎日つまんなくてさ。癒やしが欲しくて。でも恋愛は辛いし、もうしたくなくて」
「そんなときに公園でしゅーちゃんに会って……」
「お金ないって聞いて。ものすごいイケメンだったから……夜の仕事?今しゅーちゃん、してるんでしょ?そっち行けば稼げるって、分かってたんだけどさ」
「最低だよ……あたし。弱ってる年下のイケメン捕まえて……。しゅーちゃんのこと、利用してた……」
真知子さんは俺を見ると、
「……ごめんなさい……、しゅーちゃん……」
切ない顔をして、深々と頭を下げた。
俺は静かに首を横に振る。
「………これ…」
用意してきた茶封筒を渡した。
真知子さんはその封筒の分厚さに驚き、首を小刻みに横に振る。
「………受け取れない…」
俺に封筒を返そうとしてきた。
「俺……真知子さんにあのとき声かけてもらってなかったら、まじであのままホームレスだったと思います……」
「形はどうあれ、助けてもらったのは事実なんで。最後ぐらいかっこつけさせてください」
俺の言葉に、彼女は封筒を受け取ると……「ありがとう」と小さく言った。
真知子さんは、遠い目をして言う。
「……あの置き手紙見た時からさ、しゅーちゃんはいつかこうして必ず来てくれるって、ずっと思ってた」
そう寂しげに言うと、ふと思い出したように……
「あの子とは、まだ会えてないの……?」
俺が毎晩こっそり亜妃とのツーショット写真を眺めていたのを知っていた彼女は、そう聞いてきた。
「もう……あの子とは一生会えないんで……」
俺がそう言うと「そっか」と短く呟いて。
「でも……もし次会えたら、素直になんな?」
俺の目を力強く見つめ、笑顔でそう言ってくれた。
一年近くも一緒に暮らしていた真知子さんには……亜妃への消えない想いと闘い続けてたことが、バレていたようだった。
こうして、人生の底辺から俺を救ってくれた女性に、しっかりと恩を返し、本当の別れを告げたのだった──
──それからもホスト生活を続け、亜妃と離れてから10年が経ったある夜。
都内に住む常連の仁美さんが、久しぶりに来店されたとバックヤードで聞く。
俺は早速指名を受け、仁美さんの席へ行こうとフロアへと向かった。
向かっている途中……
「今日初めての姫……モデルか女優かな〜?ばか可愛い人来とるから。頼むで?」
同期のホストがその女を常連化させろと言ってきた。俺は軽く頷くと、席へと足を進めた。
──前方に仁美さんを見つけ、営業スマイルを顔に貼りつけて歩みを進める。
ふと視線を横に流すと……
そこには、ショートボブでニット素材の白のセットアップを着た透明感漂う女性が……俺をじっと見て座っていた。
「……え…っ……?」
その瞬間、俺の時は止まった──
亜妃と見つめ合った視線を逸らせず、金縛りにあったかのように俺は動けなくなった。
“なんで亜妃がここに……?”
俺の思考は……完全に停止した。
「ヒカルくーん!会いたかったよ〜♡」
仁美さんの声でハッとして、俺は仕事に入る。
いつも通りあちこち呼ばれて対応するものの、ずっと亜妃が気になって仕方がなかった。俺が移動する度に、彼女が俺を目で追ってることにも気付いていた。
しばらくすると……亜妃の隣に座った若い新人ホストの酔いが回ってきたようで、彼女に絡み始めた。
俺は目の前のお客様に気付かれないように気を付けながら、チラチラ亜妃の様子を伺っていた。
露骨に不快感を露わにしてる亜妃。
突然、新人ホストが彼女の手を掴み立ち上がった。
──その瞬間……俺の身体が、勝手に動いていた。
亜妃の腕を掴むと、俺はスタッフにVIPルームを開けるよう指示をした。
──部屋に入ると、
「柊………」
そう、俺を呼ぶ懐かしい声と潤んだ瞳に、一瞬で心を持っていかれるような……そんな不思議な感覚になった。
それから彼女がこれまでどう過ごしていたか話を聞いた。
高校時代、キラキラした笑顔で「将来はメイクのお仕事をしたい」と言ってた亜妃。その通り、彼女はちゃんと自分の夢を叶えていた。
純粋で、まっすぐで、綺麗で……亜妃はあの頃と何一つ変わっていなかった。
一方の俺は……、……そう考えると、亜妃とはもうこれ以上関わるべきではないと思った。
金のために無心で女を抱き、毎晩狂ったように酒を飲んで騒いでる俺。
そういう仕事とはいえ、昔のままあまりにもピュアな亜妃には……俺はもう二度と、触れてはいけないと思った。
本当は今すぐ触れたかった。抱きしめたかった。
けれども、俺の理性がその衝動を抑え込んだ。
亜妃を汚してはいけない。亜妃の幸せを願い続けて、俺は独りで生きていく。
……そうして、俺はVIPルームを後にした──
バックヤードに帰ると俺はスタッフを呼び、亜妃の御代は俺の給料から引いてもらうように伝えた。
こんな夜の街を帰って行く彼女を想像すると、たまらなく心配になって、「気を付けて帰るように」と……最後に伝えてもらった。
しばらく経って、バックヤードから亜妃が帰ったのを確認すると……スタッフが俺に駆け寄ってくる。
「……亜妃さん、また会いに来るとのことです……」
──その晩は、常連客からのアフターの誘いもすべて断った。
亜妃に会えた。話せた。
昔のまま、何も変わっていなかった。
……その事実だけで、俺はもう胸がいっぱいだった。
俺なんかとはもう二度と関わらない方が良い。そう頭では思ってるものの、また会いに来てくれると言う亜妃に……期待してしまってる自分もいる。
そういえば、天王寺とはどうなったんだろう?
以前見た二人の姿が思い浮かび、再び心にモヤが立ち込める。
仕事柄、癖でチラッと指を見たとき、亜妃は一つも指輪をしていなかった。
もしかして別れたのかな……?
でも指輪をしてないだけかもしれないし。
そもそも付き合ってたのかも分からないよな。
そんなことを延々と頭の中で考えながら目を閉じて。
10年ぶりにちゃんと会えた亜妃の顔を、姿を、声を……
何度も何度も思い出しながら、俺は数年ぶりに深い眠りについていた──
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