4-3.夜の世界へ~柊side~
──亜妃に会いに行った数日後、俺は真知子さんの家を出た。
真知子さんの夜勤の日を狙って、
『養ってもらった分の金は必ず返します』と置き手紙を残し、1年近く世話になった家を後にした。
“亜妃が悲しむようなことはしない”
そう心に決めての行動だった。
けれども…………現実はやっぱり甘くなかった。
仕事を変え、住み込みで工場勤務を始めたものの、足りない分は金融機関から借金をするしかなかった。
月日が経つにつれ借金はどんどん膨れ上がる。
朝から晩まで働いて、休日はママの見舞いに行くだけの生活を続けているうちに……
また俺の心は少しずつ荒んでいった。
「もう何のために生きてんのか分かんねーよ……」
こんな生活がいつまで続くのかという先の見えない苦しさに、いっそのことママが死んでくれたら楽になれるのに……とまで、考えるようになっていた。
──そんな生活を続けていたある日のこと。
職場の先輩とのひょんな会話が、俺の人生を大きく変える。
「平岡!おめぇ、そんなモテそうな面してこんな辛気臭せぇ工場なんかで働いてんじゃねーよ!ホストクラブなんかで働きゃ大儲けだろーに。笑」
ホストクラブ……今まで考えたこともなかった、夜の世界。
でもこの時の俺は、金に困らないで済むならもう何でも良いやと。こんな人生もうどうなっても良いんだからと、先輩の話を真剣に受け止めていた。
……その日の就業後、俺は名古屋で一番有名だと言われているホストクラブの門を叩いた。
運良くオーナーが俺の容姿を気に入ってくれて、その日のうちに雇用の約束をした。金がない事情を話すと、家賃は前借りで良いからと住む場所も貸してくれることになった。
翌日、工場長に退職届を提出し、翌週から正式にホストクラブでの仕事が始まった──
──ホストの仕事を始めてからは、とにかく女性に気持ち良く酒を飲んでもらい、俺にまた会いに来てもらう方法をひたすら考えた。
一度来てくれた客の顔と名前は完璧に覚え、次に来てくれた時にサラッと容姿の変化に気づいて褒める。
昔から、髪を切ったりネイルをしたりという亜妃の些細な容姿の変化に敏感だった俺。
意識して観察していれば、すぐに女性の変化に気付くことが出来た。
客の職業、だいたいの年齢、誕生日、どんなことで悩んでいて、何を求めてここへ来ているのか。
俺はすべての情報を頭に叩き込み、毎回スムーズに会話できるよういつも心掛けた。
客から親しみを持ってもらうため、名古屋弁も少し話せるように覚えた。
そうしてまた一人また一人と常連客がつき、気付いた頃には月収は3桁を優に超え、店の人気No.1の座に付いていた──
ホストクラブと聞くと、熾烈なトップ争いがあるイメージだったけど。
意外とそんなこともなく、むしろNo.1の俺の技術を学びたいと周りの皆から慕われていた。
皆、切磋琢磨といった雰囲気で、仕事内容を除けばこの職場自体は好きだった。
それでも亜妃以外の見知らぬ女性と酒を酌み交わし、毎晩どんちゃん騒ぎするこの仕事内容は、やっぱり俺の性には合わないようで……心は腐っていく一方だった。
──そんな腐った俺は、再び無心で女を抱く生活をしていた。
売上に繋がりそうな同伴やアフターの誘いは、何も気にせず、何でも受けるようになった。
真知子さんと関係を持っていた時と同じように、俺はまた亜妃に顔向けできないような行為を繰り返した。
「ヒカルくん…っ、……んぁっ…っ」
「………」
俺は目を閉じたまま、自分の欲が飛び出すその時を待つ。
「ねぇ…っ…、…目ぇ開けてよ、……あぁぁ…、」
女の言葉もよがる声も、俺の耳には届いていない。
俺の脳内では、妖艶に喘ぐ亜妃の姿がいつも再生されていた。
そうしなければ俺はもう……この行為自体を、誰ともすることができない身体になっていた。
事を終えると女は横から俺に抱きつき、俺の脚に自分の脚を絡めてくる。
その女の脚の肌が擦れる感覚がどうしようもなく気持ち悪くて……俺はサッと体制を変えた。
「ヒカルくんさぁ、毎回誰のこと考えてうちのこと抱いとるん?いっつも目ぇ瞑っとるのバレてますよ〜」
「……何言うてんの?気持ち良すぎて目開けれんかっただけやから」
……そうやっていつも誤魔化して、仕事の一環として、幾度となく女を抱いた。
金に繋がるなら良いやという投げやりな思考で、愛のない行為を繰り返す。
そんな自分に嫌気がさし、早くこんな人生終われば良いと毎日思っていた。
あまりにも虚しくなって、本気で死を考える日もあったけど……その度にまた亜妃を思い出し、“それだけはダメだ” と、踏みとどまった。
──ホストを始めてから約2年が経った頃……
俺はすでに人気No.1の座を不動のものとしていた。
ママの入院費を払いながらでも、随分と豊かな暮らしを送れるようになって、貯金もものすごい額が貯まった。
そんなある日……
俺はやり残していたことをするため、1年近く生活したある場所へと向かった──
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