第4章

4-1.運命の再会


──勇人くんとお別れをしてから1年、柊と離れてから……ちょうど10年が経った。


 勇人くんと別れてから気分を変えたくて、髪をばっさりショートボブにした。


 お手入れが楽でそれからずっとキープしている。


 しばらくは職場の同期に合コンに誘われたりもしたけれど、私は全ての誘いを断っていた。


 良い人と出会ったところで、勇人くんの二の舞になるのが目に見えたから。



 それに……別れ際の勇人くんの言葉……


 “また絶対会えると思う”


──遠回しに伝えてくれたあの言葉に後押しされ、今更だけど、柊を本気で探してみようと思った。


 これまでは、柊が私のために別れを選んだのだからと言い聞かせてきたけれど……。


 勇人くんとの別れを経験した私は、もう自分の身に危険が及ぼうが構わない。とにかくもう一度、柊に会いたい。


 そう、今更ながら思うようになっていた。


 けれども、SNSで『平岡柊』と入力してみたり、地元で柊と仲が良かった男の子たちに、居場所を聞いてみたりしたものの……やっぱり誰も何も分からない。


「成瀬さんが知らないのに、俺らが知ってるわけないじゃん」


 聞く人、聞く人、皆から、口を揃えてそう言われる始末だった。



──会いたいと毎日願いながらも、諦め半分で過ごしていたある日。


 たまたま名古屋でブライダルの撮影会があり、私はサロンの先輩である仁美さんと共に、その地に脚を運んだ。


 仁美さんは、私が学生の頃から憧れているメイク界の師匠。運良く仁美さんの働くサロンに就職できて以来、ずっとお世話になっている大先輩。


 そんな憧れの先輩から直々に同行の指名を受け、私はやる気に満ちていた。


 名古屋と聞いたとき、真っ先に柊の顔が浮かんだけれど……


 今も名古屋にいる保証などどこにもない。


 こんなに人口の多い土地で偶然会える可能性など皆無だと切り替え、私は目の前の仕事に没頭した。


 その日は丸一日の撮影で解散が遅いため、一泊して帰ることになっていた。



──仕事が終わると、


「ねぇ、亜妃ちゃん!あたしちょっと行きたいとこあるんだ〜。一緒に付いてきてくれない?」


 ウキウキした表情の仁美さんから突然のお誘い。


「名古屋くる度に通ってるホストクラブなんだけどね。すっっごいイケメンの子がいてさぁ!顔がね、もうこれはジャ○ーズでしょ!ってぐらいかっこよくてぇ〜。聞き上手でさぁ♡もう完全にお気に入りなの♡笑」


……とにかく、お気に入りらしかった。


 ホストクラブ──私の人生とは無縁だと思っていたその場所。


 けれども、尊敬する大先輩の手前断れなかった私は……


「良いですよ。行きましょ!」


 仁美さんのお誘いに乗った。



──初めて踏み入れる夜の街……場違い感を覚えながらも、“今日だけだ”と自分に喝を入れ、足を進める。


「ここで〜す♡」


 仁美さんが立ち止まったお店は、眩しいくらい煌びやかな光を放っていた。


「行くよ、亜妃ちゃん♡」


 腕を引かれ恐る恐る階段を降りれば、綺麗な顔をした男の子達の写真が、何枚も並べられている。


 “すごい世界だな〜…” と思いながら足を進めると……


 廊下の突き当たり、一際大きく飾られている一枚のポスターに……


 私の目は釘付けになった。



「…………噓……でしょ……」


 “当店人気No.1 ヒカル” と書かれた特大ポスター。


 金髪にピアスを光らせ、真っ白のタキシードに身を包み、口元だけ僅かに微笑んでいる美しいその人は……



 ずっとずっと会いたくてたまらなかった……──


「──……柊……」





…………固まって動けなくなってしまった私。


「あ〜、亜妃ちゃん、めざとい〜!ヒカル君は私のだからダメよ〜♡」


 仁美さんに手を引かれ、私は店内へと入った。



『──いらっしゃいませ!!』


 大音量で音楽が流れる華やかな空間──派手な装いの沢山の若い男の子達が、一斉に出迎えてくれる。


「いらっしゃいませ!仁美さん、お久しぶりです!……今夜もヒカル君かな〜?」


 スタッフらしき男性が聞く。


「もちろーん、お願いしまーす♡」


 甘い声をした仁美さんが、そう言った。


「…………」


 心臓が飛び出そうなくらいバクバクと跳ねている。


 “柊に……会える……”


 居心地の悪い空間だったけれど、私はドキドキしながら彼が来るのを待った。


 俯きながらお冷やを飲んでいると……



「お待たせしましたー!仁美さん、久しぶりやな!」


 ソフトな名古屋弁を話すその声。

 あまりにも懐かしく、耳の奥が熱くなる。


 ゆっくりと顔を上げると……先程見たポスターと同じ装いの柊が、私達の座るテーブルに近づいてくる。



 柊が視線を私の方に流した……


 次の瞬間───




「……え…っ……?」


 柊は私に気付くと、目を見開いて固まった。



 それから数分の間──二人の間に流れる時間だけが完全に動きを止めた。


 お互いに目が離せず、じーっと見つめ合う。


「ヒカルくーん!会いたかったよ〜♡」


 仁美さんが抱きつくと、柊は我に返った様子でパッと笑顔を咲かせた。


「俺も会いたかった〜!来てくれてありがとう!」


 そして、仁美さんにお酒を注ぎ始めた──



 こんなところでこんな風に再会したって、まともに話せるはずもなく。


 騒がしい店内で、10年ぶりの柊を横目に……私は独り、ぐるぐると考えていた。


 柊に会えた。

 柊とちゃんと話したい。


 でも……タイミングが分からない。

 この雰囲気じゃ話せない。……どうしよう。


 すると、隣の席に座った若いホストの男の子が話し掛けてきた。


「亜妃さん、はじめまして!やばー、めっちゃ綺麗ですね~。こんな透明感ある人初めて見ました。モデルさんか何かっすか〜?」


「いえ……全然……そんなんじゃないです」


 流すように相槌を打つ。


 “ヒカル”というその源氏名は、人気No.1なだけあってあちこちで呼ばれていた。


 忙しくテーブルを移動しては、女性達にチヤホヤされている柊を、ちらちらと目で追いながら……私はなんとか心を落ち着けようと、必死だった。



 しばらく経つと、隣の若いホストがかなり酔ってきたようで、私の肩に腕を掛け寄り掛かってきた。


 反対側の手でスリスリ私の太ももを撫で回し始める。


 “気持ち悪い……”


 底知れぬ居心地の悪さと不快感……。



 すると突然、耳元で


「亜妃さん……この後アフターどうっすか?こんな綺麗な人なら……ホテルでもどこでも大歓迎」


 そう囁いて、若いホストが無理矢理私の手を取り、立ち上がろうとした……


 そのとき…───



「──…新人くん。亜妃ちゃんは……俺に独占させて?」



 どこから現れたのか柊が私の腕を掴み、スタッフの男性にVIPルームを開けるよう指示をしていた──

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