3-12.終わりのとき


 勇人くんはスルリと口内に舌を差し込んできた。私に覆い被さって、手を服の中に滑り込ませてくる。


「勇人くん……、…やめ……て……」


 キスの切れ間にやっと声を発する。


「亜妃ちゃん……好きだよ……」


 耳元で勇人くんの声を感じた瞬間……私は思いっきり彼の胸を押して、顔を背けていた。


「……勇人くん……、ごめんなさい…っ……」


……私はどうしても、彼を受け入れることができなかった。


 彼の愛に応えられない自分が苦しくて、涙が溢れていた。



 “俺がお前の最初で最後の男な”



 私にそう言った柊の……あの強い眼差しも、不安そうな声のトーンも、何もかも、まるで昨日のことのように思い浮かんできた。


 あの約束を……私は破れなかった。やっぱりどうしても破りたくないと、このとき思った。


 勇人くんと付き合ってもう3年も経つのに。

 こんなの男の人にとって拷問みたいなものだ。


 私は最低なことをしている。勇人くんの愛に甘えて、勇人くんを沢山傷つけて。こんなんじゃダメだ。


 きっと私はこれからもずっと……柊を忘れられない。



「勇人くん……私ね……も…」


 “もうこれ以上……”


 そう発しようとした……そのとき──





「もう、終わりにしようか」


 勇人くんは優しい声で、そう言った。


「……や、待って?このタイミングで言うとなんか俺……めちゃくちゃシたかった奴に見えるな。笑」


 勇人くんは気まずそうに頭をワシャワシャと掻くと、ごめんね…と言って私の身体を起こしてくれる。


「でも……そうゆうんじゃなくてさ。最近ずっと考えてたんだ」


「今日部屋に連れてきたのも……俺がどれだけ亜妃ちゃんのこと想ってるか知ってほしくて。それでも受け入れてもらえなかったら、もう諦めようって思ってさ。俺の中で賭けてたんだ。笑」


 勇人くんは何かを確信したように爽やかな声で……


「やっぱり亜妃ちゃんには俺じゃないんだなって。もう充分、分かった」


 側にあったティッシュでそっと涙を拭ってくれる勇人くん。


 私の涙が止まったのを確認すると、安心したように話し始めた。



「俺さ、自分のこと過信してたわ。亜妃ちゃんのためなら何年でも待てるって。

 俺はそのくらい強くてかっこいい奴だって。笑」


「でも実際はさ……全然違った。一緒にいるとどんどん欲が出てきて、会うたびに理性で抑えるの、正直すげー辛くてさ。笑」


「このまま亜妃ちゃんと一緒にいたら……たぶん俺、亜妃ちゃんの気持ちも身体ももっと欲しくなって……亜妃ちゃんに嫌な思いさせちゃうかもしれない。そんな風に自分がなっちゃうのが、怖いんだ……」


「だからもう、終わりにしよう」


「ごめんね……こんな弱い俺で。ほんとにごめん」



 勇人くんの話を聞きながら、私は再び涙が溢れてきて止まらなくなった。


 こんなにも想ってくれている。

 こんなにも大切にしてくれる。

 悪いところなんて一つもない。


 私にはもったいないくらい素敵な人なのに。

 どうして私は彼を心から愛してあげることが出来ないのだろう?


 頭では愛してあげたいと思っていても、心と身体がそれを拒否している。


 自分自身どうすることもできないこの現実が、辛くて悲しくて切なくてやりきれなかった。



「勇人くん……ごめんね…っ…ごめんなさい…っ…」


 私はそれ以上言葉が出てこなかった。

 苦しくて苦しくて、唇を噛みしめて泣いた。

 彼の深い愛に今日までずっと甘えてきてしまった。

 私のせいで彼をこんなにも苦しめてしまったことを心から申し訳なく思い、深く反省した。


 勇人くんはいつも通りに優しく笑って、泣き続ける私の髪をそっと撫でてくれる。


「亜妃ちゃんは、何も悪くないよ?」

「俺がそばにいさせてって言ったんだよ?」


 そう言いながら、ずっとずっと私の髪を、やさしく撫でてくれていた。



「恋愛ってさ……?頭ではどうすることもできないものだから。お互いが同じように想い合えるなんて奇跡だよな?笑」


「だからさ、俺たちは違ったってだけで。運命って俺は本当にあると思うんだ。また絶対会えると思う。だからお互いさ……、明るい未来を信じて……これからも頑張って生きてこ?」


 私は泣きながら頷くと、最後に精一杯、自分の気持ちを伝えた。


「勇人くんは、最高に強くてかっこいい人だよ……?幸せな時間を……たくさん…っ…ありがとう…っ…」


 こうして私と勇人くんの穏やかな恋人関係は、静かに幕を閉じた──

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