3-9.新たな出会い~柊side~
長い黒髪の綺麗なその女性は真知子さんといって、看護師をしているらしい。
前月に都内から引っ越して来たようで、来年で30歳になると言っていた。
「──いくつ?」
「……二十歳です」
「ふ~ん。家出でもした?」
「……違います」
質問攻めに合い、うざったくなって、場所を変えようとベンチから立ち上がると……
「訳アリっぽいねぇ」
腕を掴まれて、振り返る。口元は笑ってるのに寂しそうな目をしていて……それでいて、視線は力強い。
全てがちぐはぐで少し恐怖を感じたけど、根は悪い人ではなさそうな……そんな直感があった。
「……おいで。うち泊めてあげる」
その口調は、とても優しかった。
誰かに助けてほしいと願い続けていた俺は……その誘いに付いて行った。
──その日から彼女の家での生活が始まった。
真知子さんは詳しい事情は聞いてこなかったけど、母親が入院中で金がないと話すと、出来る限り協力すると言ってくれた。
彼女がどうしてそこまでしてくれるのか分からなかったけど……俺は彼女の厚意に甘える他なかった。
もうこれ以上しんどい思いをしたくないという自分の弱さに立ち向かう気力が、もう俺には、どこにも残っていなかった。
──それから数週間後、真知子さんの帰宅を待っているとき。
俺は今までどうしても見ることが出来なかった亜妃との写真を、なぜか無性に見たくなった。
ずっとカバンの奥底に入れていた文庫本を開く。
少し折れ曲がって挟まれていたその写真には、心底幸せそうに笑う亜妃と俺が写っていた。
それを見た瞬間──
亜妃に手紙を書いたあの日のように、自然と涙が溢れてきた。
もうあれから3年以上経っているのに……
この頃に戻りたい。亜妃に会いたい。
蓋をしていた感情が溢れ出し、涙は息つく間もなくポロポロと目からこぼれ続けた。まだこんなにも亜妃が好きな自分に、俺自身ビックリしていた。
その日は真知子さんに、『今日はバイト先の先輩のとこに泊まります』と嘘の置き手紙をして、公園のベンチで、呼吸が苦しくなるほど夜通し泣き続けた。
──その日以来、毎晩夜中にこっそりそのツーショット写真を見るのが習慣になった。
『柊、なんか犬みたい。笑』
『るせー、お前もな!笑』
写真を眺めるだけで、あの日の会話も……亜妃の表情も……まるで昨日のことのように浮かんできた。
最初の頃はその度に涙が出てしんどかったけど。
だんだんとその写真を見ると、幸せだったあの頃の感情が蘇り、心が落ち着くようになっていった…──
──それから1カ月程経ったある日…
職場の飲み会だったらしく、深夜に帰宅した真知子さんは、かなり酔っ払っていた。
リビングの丸いテーブルに突っ伏す真知子さんに、キッチンから水を持ってきて差し出すと……俺にもたれかかって絡んでくる。
「……しゅーちゃんさぁ、好きな子いるでしょ?」
突然、そんなことを言い始めて。
「知ってるよー、あたし。夜中にその子の写真いっつも見てんの」
真知子さんは俺の手をスリスリ触ってくる。
気持ち悪くて、サッと手を引っ込めた。
「ねぇ、会えないのぉ~?なんか訳あり?まさか……不倫とか?笑」
真知子さんは俺の顔を覗くように見ながら、へらへらした顔で聞いてくる。
「もう会えないんならさぁ?忘れちゃいなよー、あたしが相手んなってあげる」
そう言った直後──
真知子さんは全身の体重をかけて俺を押し倒し、ラグの上で俺に馬乗りになって、自分のシャツを脱ぎ始めた。
「え、ちょ、真知子さん、どしたんすか?!俺まじ無理なんで……やめてください」
彼女は聞く耳も持たず、せかせかとブラジャーのホックを外し、綺麗な胸を露わにして俺に覆い被さってきた。
「このまま一生養ってあげるから……抱いて?」
真知子さんは貪るようにキスをしてきた。
“そうゆうことか……”
俺はその時、理解した。
彼女が俺にここまで優しくしてくれていた理由。
まだ二十歳の俺にはなかなかに刺激の強い出来事だったけど……ビックリするくらい、俺の身体は何も反応していなかった。これには俺自身が一番驚いた。
あぁ……俺はきっとこれから先もずっと、亜妃以外には欲情できないんだなと。そのとき悟った。
けれども今こうして真知子さんに生活を支えて貰っている以上、彼女の求めに応じない訳にはいかなかった。
ここはもう相手をするしかないということも、同時に俺は悟っていた。
──……俺は目を瞑って、亜妃を思い浮かべた。
亜妃の恍惚とした表情、舌の感触、髪の匂い、柔らかい胸、すべすべの白く透き通る肌。んっ……と漏らす妖艶な声。
「しゅう……だいすきっ、」
向かい合って繋がっている時のあのやさしい微笑みと、潤んだ綺麗な瞳。
俺の記憶の中に色濃く残る亜妃のすべてで、頭の中をいっぱいにした。
すると、みるみるうちに俺の身体は反応を示しだした。
俺は目を瞑ったまま体勢を変え、真知子さんを下に組み敷いた。そのまま俺はただ無心で彼女を抱き、行為を終えてからゆっくりと目を開けた。
もう、どうにでもなれと思った。
これ以上苦しい思いをせず生きていけるのなら、身体なんてどうだって良い。
こうして俺はこの日、生活のために自分の身体を使う方法を……奇しくも身に付けてしまったのだった──
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