3-8.誰か助けて~柊side~


──親子でのアパート暮らしは、約3年続いた。


 ママは以前のような明るさを少しずつ取り戻したように見えた。


 週2日だったパートも週4日に増やし、家事も率先してやってくれるようになった。ときどき塞ぎ込んだり、俺に対して少し攻撃的になる日もあったけど、それなりに平穏な日々を過ごしていた。


 俺もアルバイトを2つ3つ掛け持ちして、そこそこ安定した生活を送っていた。



 そんなある日のこと……


「──亜妃…っ」


 薄暗い雑居ビルの中で、亜妃を見つける…

 慌てて追いかける…


「亜妃……、待って……」


 亜妃の気配は確かに感じるのに…どこにもいない。


 朦朧とする意識の中…必死で探し回る俺…


「亜妃……!亜妃……!亜…っ」 



……──ふと、目が覚める。


 また……あの夢か。


 亜妃と離れたあの日から、もう何度も同じ夢を見てる俺。目覚めた時のこの絶望感にも、もう慣れていた。


 視線を感じて隣を見ると……ママが布団の中から、俺をじっと見ている。


「……ママ……起きてたんだ……、」


 黙って俺を見る視線が不気味で、俺は口を噤んだ。



「柊……亜妃ちゃんに会いたい?」


 不気味な視線とは対照的に、穏やかな口調で聞いてくるママ。


「もう……会っても良いのよ?ママ何もしないから」


 もしかして俺はさっきの夢を見てる最中、寝言でも言っていたのかもしれない。


 それでママは責任を感じて……?



 そう直感はしたものの……


「いいよ。………もういい」


 あれから3年も経つ。


 今更会ったところで、亜妃には他に良い相手ができてるかもしれない。それを知るのは、俺にとってあまりにも酷だった。


 それに……


 “何もしない”というママの言葉を、心から信じきれない自分もいた。



「ごめんね……柊……」


 ママはすごく寂しそうな顔をしていた。


 布団から起き上がると、振り返って俺をまた見て。



「──お誕生日おめでとう」


 儚げに笑い、朝の支度を始めた。



 その日は俺の20歳の誕生日だった。




──その日の午後…


 俺がガソリンスタンドでバイトをしていると、一本の電話が入った。



………ママが自殺を図って運ばれた、と。


 近くの川に飛び込んだらしい。


 通りがかった人が川に沈んでいるのを発見し、警察に通報したそうだ。


 俺が駆け付けた時には、ママは沢山のチューブに繋がれて眠っていた。


 医師の話によると、一命は取り留めたものの大量に水を飲み、一時心肺停止状態。いつ意識が戻るのか……そもそも意識が戻るかどうかも、分からないとのことだった。


「分かりやすい言葉を使えば、現在のお母様は……“植物状態”。そう思っていただいて構いません」


 医者からの淡々とした説明に、俺は頭が真っ白になった──




──その日から名古屋に来た当初を彷彿する地獄のような時間が、再び始まった。


 俺はママの見舞いに毎日通いながら、これまで通りバイトを続けていた。ショックを受け止める時間も余裕もないまま、毎日があっという間に過ぎていった。


 一番の問題は……金だった。


 自殺未遂をした人に、社会は決して優しくない。


 自ら川に飛び込む瞬間を目撃した人がいたことや、自宅に遺書があったことから、ママが自殺を図ったことは確実だった。


 ただ、ここ数年は精神的にも安定しており、精神科にも通院していなかったため、精神病の認定等は一切受けていなかった。


 これらの理由から、保険等の適用を受けることができなかった。


 社会に対する知識の足りない俺の唯一の頼みは……達彦叔父さんだった。


 叔父さんも多少の援助はすると言ってくれたけど、まだ小さい4人の従弟たちを思うとこれ以上頼るわけにはいかない。


 生活保護の申請をしてみてはどうかと言われ、役所にも出向いた。


 けれども、ママが親父と別れることを断固として拒否していたため戸籍上二人はまだ夫婦であることや、俺の収入も充分にあることなどから、まったく取り合って貰えなかった。


 ママの入院費がかさむ生活にすっかり困り果てた俺は、これまた叔父さんの提案で、以前住んでたあの住宅街の家の物をすべて売ることにした。


 業者に頼んで全ての家具家電を回収してもらい、買い取ってもらった。


 多少の生活の足しにはなったけど、それでも毎月のママの入院費や治療費、生活費には到底足りず……ついには親父の残してくれた金も底をついた。


 3ヵ月経つ頃には家賃も払えなくなり、アパートを追い出され、俺は途方に暮れていた。



 “誰か……助けてくれ……”


 心の中で毎日そう思いながら、必死に生きた。


 昼間はバイトへ行き、漫画喫茶でシャワーを浴びて公園のベンチで寝る生活を数日続けていたある夜……



「──きみ、イケメンじゃん」


 酔っ払った年上の女性が、声を掛けてくれた。


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