3-6.消えない想い
──高校を卒業した私は、前から希望してた通り、メイクの専門学校に入学した。
柊への気持ちが薄れることなんて、これっぽっちもなかったけれど……。
柊が「応援する」と言ってくれた自分の夢を叶えることだけを考えようと決めた。
毎日毎日メイクやコスメの知識を増やし、美容室でヘアメイクアシスタントのバイトをしながら専門学生生活を送った。
新しい友人も出来て、やっと少しだけ昔のような平穏な日々が返ってきたようだった。
卒業してからも週末は天王寺くんが食事や買い物に頻繁に誘ってくれたので、バイトがない日はよく一緒にお出かけしたりもした。
そうして、夢中でメイクの勉強をしながらアルバイトに打ち込む専門学生生活を送り──…2年後に専門学校を卒業した。
都内のブライダルサロンに無事就職し、仕事にもやっと慣れたある休日。
この日も天王寺くんのお誘いで、二人でランチに出掛けた。食事をしてウィンドウショッピングを楽しみ、夕方いつものように天王寺くんが私を自宅まで送ってくれる。
天王寺くんは、大学の友人にぶっ飛んでる奴がいると言って、その子の話で私を笑わせてくれた。
私はこの人がいなかったら、今頃どうなっていたんだろう……?
笑いながらそんなことを考えているうちに、自宅の前まで着いた。
「いつも付き合ってくれてありがとう!めっちゃ楽しかったわ。また誘うね」
「私こそいつもありがとう。またね」
天王寺くんに手を振った直後……
ふと、視線を感じて向かいの家を見ると、柊の部屋の雨戸が開いていた。
あの日から5年以上放置されていた柊の家は、数ヶ月前に突然慌ただしく中の荷物が運び出されていたのを知っていた。
家を売ってしまったのかな……?
次に住む人が内覧にでも来てるのかな…?
ついにあの思い出の家に、別の人が住んでしまうんだな……。
そう思うと無性に寂しくなり、居た堪れなくなって、私はそそくさと自分の家の中へと入った──
──それからまた月日は流れ、私は都内で一人暮らしを始めた。
お父さんが職場の女性と再婚をして、その女性があの家で一緒に暮らし始めたからだった。
お義母さんは父よりいくつか年下で、とても品が良く穏やかな人だった。どことなくお母さんに雰囲気が似ていた。
お母さんのことを考えると寂しさはあったけれど、お父さんには側で支えてくれる女性が必要だと私にはよく分かっていた。
再婚してくれたことで、何も心配なくあの家を出ることができて、内心すごくほっとしていた。
あの家を出たことによって、以前よりほんの少しだけ、柊を思い出す時間が減った気がした。
それは私にとって都合の良いことのはずなのに……そんな自分に逆らうように、私はあえて二人で買ったお揃いの香水を身に纏って生活したり、ツーショット写真をときどき眺めたりした。
記憶から柊が消えないように、彼を思い出す時間をわざと作るようになっていた。
柊を忘れたくない。
柊のことをずっと好きでいたい。
そんな気持ちが、私にそうさせていた。
仕事はとても楽しく、毎日が充実していた。
大好きなメイクに毎日関われて、『結婚』というお客様の人生最高の瞬間を華やかに彩るサポートができる。
私にとって、この仕事は天職だと思った。
「──応援するよ、その夢」
昔、そう言ってくれた柊。
「私……夢叶えたよ……?」
ときどきあの時の穏やかな横顔を思い出しては、独り心の中で……柊を想い続けていた。
──仕事を始めてから2年経つ頃…
その日、天王寺くんからお誘いがあり、一緒にお酒を飲みに出掛けた。
「俺もついに社会人だし!たまにはお酒もどうかな〜?と思ってさ」
天王寺くんは、お洒落なイタリアンの個室を予約しておいてくれた。
少し久しぶりに会ったので、お互い近況報告をしながら、お酒を嗜んでいると……
「………あのさ?」
少し緊張したような面持ちで、天王寺くんが話の流れを変えた。
「もう6年……ずっと聞かずにいたこと、そろそろ聞いても大丈夫かな……?」
彼が聞きたいことは、私にもよく分かった。
「うん……。柊のこと…だよね……?」
天王寺くんは、静かに頷いた──
私はこれまで誰にも話せず、思い出すことさえ避けてきた、あの朝の話をした。
私のお母さんと柊のパパのことも。
天王寺くんになら何を話しても大丈夫だと思えるくらい、天王寺くんに対する信頼が私の中に生まれていた。
話し終えると……
「……ごめん、ちょっとインパクト強すぎて言葉出てこない。一旦整理させて。笑」
天王寺くんは、本当に素直な人だった。
しばらく何かを考えた後、天王寺くんはふぅーっと深呼吸をして。
「しんどかったよね……成瀬さん……」
そう口火を切ると、頭の中を整理するかのように言葉を繋いだ。
「俺ね、きっと何かあって二人は別れなきゃいけなくなったんだろうな……ってゆうのは想像できてて、」
「この6年……成瀬さんと過ごしてきてさ、成瀬さんの中には変わらず、平岡くんがいるってことも……分かってて」
「でもまさか……そんなことがあったなんて……。さすがの俺でも全く想定外だったわ。笑」
天王寺くんは気まずそうに笑って、グラスに残った白ワインを一気に飲み干す。
「──俺、ほんとはずっと待ってたんだ。成瀬さんの中から平岡くんがいなくなるのを」
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