3-5.そばにいるから~柊side~
──名古屋に来てから1ヶ月経った頃…
俺はママを引き連れて家を探し回り、やっと二人で小さなアパートに住み始めた。
ママは相変わらず警察に何度も電話を掛けたり、今度はネットで弁護士を見つけてきて話を聞いてもらったりと、親父をずっと探し続けていた。
「うあぁぁぁ……っ、」
真夜中に突然泣き出すママ。
名古屋に来てからほとんど毎日そんな状態だった。
俺は高校なんてもちろん行く余裕はなかった。
四六時中、夜もぐっすり眠れずにママを監視する生活に疲れ果て、身も心もボロボロになっていた。
このままだと俺の身体が持たない。もう全部投げ出して……死にてーよ……。
そんなことを考えるようにまでなってしまった。
けれども、そんな時にはいつも不思議と亜妃の顔が頭の中に浮かんできた。
登下校中にキラキラ笑う顔も…
告白した時の泣いていた顔も…
行為中のとろんとした顔も…
どんな顔も目を閉じれば、簡単に思い出すことが出来た。
きっと俺が死んだら悲しむよな。しかも自殺なんて聞いたら、どれだけあいつは辛い思いするんだろう?
そんなことを考えているうちに、俺の中から“死”という選択肢は、自然と消えていった。
──そんな生活が数カ月続いたある日。
そろそろママを精神科に連れて行った方が良いんだろうか……?このままだと俺がおかしくなる……。
そんなことをぼーっと考えながら、夕飯の支度をしていたとき。
ふと気になってママを見ると……
ママは部屋の中央に、俺に背を向けて座っていた。
俯いてじっと自分の手元を見つめているようだった。
その後ろ姿が……なんだか不気味に思えて。
恐る恐る近づくと……ママは自分の左手の薬指にはめている結婚指輪を見つめていた。
「……ママ?」
俺が後ろから声を掛けると、ハッと我に返ったように身体がピクッと跳ねる。
「……大丈夫?」
聞くと、コクリと頷くママ。
黙ったままぼんやりと窓の外に視線を移した。
「ねぇ、柊……?」
名古屋に来てから初めて聞いた──落ち着いたトーンで話すママの声。
「ん?どした?」
聞き返すと、ママは窓の外を眺めたまま、俺に問いかけてきた。
「……柊も……ママが悪いと思う?」
「え?」
「達彦が言ってた通り……ママのせいで……パパはいなくなったんだと思う?」
あの日から今日までの狂ったようなママとは、まるで別人のようで……。
あまりにも弱々しくて、寂しそうで。
俺は、胸が痛くてたまらなくなった。
「んなこと、思うわけねーよ」
「ママは何も悪くない。俺がずっと……そばにいるから」
俺はママをギュッと抱きしめていた。
「ごめんね……柊…っ…、ごめん…なさい…っ…」
ママは泣きながら、何度も俺に謝った。
俺は無言で、すっかり痩せ細ってしまったママの身体をそっと抱きしめ続けていた。
──その日以来、ママの精神状態は少しずつ安定していった。
でも……親父が残していった金は減る一方。
このままではいけないとママは言って、週に2日、パートにも出るようになった。
ときどき気持ちが落ち込んでいるような日も見受けられたけど、以前のようにヒステリーを起こす日は、パッタリとなくなった。
俺もコンビニや土方のアルバイトを掛け持ちして、親子二人、細々と暮らす日々がそれから数年間……続いたのだった──
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