3-3.地獄の新生活~柊side~
──おじいちゃんの家には、ママの弟である達彦叔父さん一家が住んでいた。
おばあちゃんはママがまだ学生の頃に亡くなってる。おじいちゃんは存命だけど、だいぶ認知症が進んでおり、老人ホームにいた。
ママは昔からよく叔父さんの愚痴をこぼしていて、姉弟関係はあまり良くないと知っていた。案の定ママは叔父さんを頼ることに難色を示した。
でも……他に頼れる大人は誰もいない。未成年の俺には知らないことが多すぎて、これから先どう生活していけばいいか分からなかった。
だからママを何とか説得し、叔父さんに連絡を取ったのだった。
──叔父さんも突然の連絡に只事ではないと察したらしく、仕事を早退して家で待っていてくれた。
最後におじいちゃんの家を訪れたのは、俺が小学生の頃。おじいちゃんが老人ホームに入り、この家に叔父さんが住み始めてからは、まだ一度も来ていなかった。
叔父さんには4人の息子がおり、末の子はつい半年前に生まれたばかりだ。
上二人は小学生のため不在だったけど、奥さんと下二人は家にいて、隣の部屋から赤ちゃんの泣き声が聞こえてる。
憔悴しきったママと居間で待っていると、叔父さんがお茶を出してくれた。
お茶には手を付けず、俺が事情を一通り説明する。
俺の話を聞きながら……叔父さんは露骨に怪訝な顔をしていた。
「……ったく。姉ちゃんがすぐ騒ぐから浩二さんも逃げたくなっちまったんじゃねーの?」
「……あんたに何が分かるの?私は被害者よ」
「姉ちゃんがまともに話ができる人間だったら駆け落ちなんかしなくたって済んだだろーよ。浩二さんもこんな女に捕まっちまって災難な人生だよなぁ〜……」
「黙りなさい…!!…やっぱり…あんたなんか…っ、頼るんじゃなかったっ。……柊、帰るよ」
ママは泣きながら部屋を出て行った。
廊下ですすり泣く声が聞こえる。
「柊……、お前には同情するよ……」
叔父さんは心底哀れなものを見るような目を、俺に向けた。
「俺もこの通り余裕なんてこれっぽっちもねーんだ。何か少しでも力になれれば良いんだが……すまん」
育ち盛りの4人息子を抱え、他の家庭の面倒を見る余裕などないのが容易に想像できた。
とりあえず切り詰めれば向こう2・3年、何とか生活していけるぐらいの金は親父が置いて行ってくれたことを伝えると、叔父さんは安心した顔をしていた。
相談ぐらいは乗るからと連絡先を書いたメモを渡され、俺たちはおじいちゃんの家を後にした。
俺とママは親父が残していった金で、ホテル暮らしを始めた。
まずは最低限の生活をスタートさせるため、俺は住む場所を探さなくてはと思った。
『……何度もすみません、捜索はどんな状況でしょうか。早急にお願いします。はい、成瀬亜矢子です。離婚して苗字が旧姓に戻っているかもしれません。旧姓は分かりません。はい、はい。お願いします。もう一人は平岡浩二です。はい、そうです、はい。絶対に見つけ出してくださいね。
連絡お待ちしています。はい、……』
一方のママは……住む場所ではなく、親父の居場所を探していた。
というよりも、亜妃のお母さんを意地でも探し出そうとしてるのが……怖いほど、分かった──
──名古屋に来てから数日…
相変わらずママは何度も警察に出向いたり、電話をかけたりして、捜索の依頼をしていた。
でも実際には叔父さんにも相談して、親父の捜索願は破棄してもらうように警察に伝えてあった。事情を話すと、警察は渋々了承してくれて、ママの問い合わせには上手く対応してくれるとのことだった。
そもそも、成人が自ら行方をくらまし、事件性がないと判断されるようなケースの場合、捜索願を出されても警察は動かない場合がほとんどらしい。
万が一見つけ出したとしても面会拒否権があり、警察が二人を連れ戻すことは、不可能に等しいとのことだった。
………俺は正直、ほっとした。
もしも見つけ出されてしまったら、ママは確実に亜妃のお母さんに危害を加えるだろう。
そのくらい、ママの精神は崩壊していた。
夜中も突然泣き出して暴れたり、急にホテルを飛び出して、どこかへ行こうとしたりするママ。
しまいには、ネットで見つけたらしい怪しげな探偵に会おうとしたりと……
とにかく俺は24時間、ママから目が離せなかった。
──1週間程たった頃…
さすがにママも疲れが出たのか、夜ぐっすり眠ってくれた日があった。
俺はその隙にこっそりと亜妃に手紙を書いた。事情を説明し、もう会えないと……。
最後にどうしても気持ちを伝えたくて。
『本気で愛してた 絶対幸せになってな』
そう書くと……涙が次から次へと溢れてきて止まらなくなった。
本当は別れたくなんてない。
今すぐにでも亜妃に会いたい。
でも……それは不可能だと思った。
俺には、目の前のことが全てに思えた。
きっと俺はこのままずっと……ママの面倒を見ながら、ママを監視しながら、一生……生きていくんだ。
そうするしかないんだと。
いつかまた……なんて未来に思いを馳せる余裕など、どこにもなかった。
ママに気付かれるとまずいので、手紙をサッとカバンの奥にしまうと、俺は枕に顔を埋め、声を殺して一晩中泣いた。
そしてたいして眠れないまま、翌早朝ポストに手紙を投函しに行ったのだった──
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