2-9.不安を秘めて


──あの日、ホテル街で私の母と柊の父を見掛けて以来……


 私も柊もそれぞれの家庭では何も知らないふりをして、今まで通り過ごした。


「じゃあ亜妃、なるべく早く帰るね」

「……うん…」


 夕食後に出掛けるお母さんを、玄関まで見送る。


 今日も……とっても綺麗なお母さん。

 決して派手ではないけれど、メイクもファッションも完璧。


 考えてみれば、お友達の家へお手伝いに行くのに、こんなにお洒落をするなんて……おかしな話で。


 今までもずっと嘘をつかれていたと思うと、胸の中にモヤッと黒いものが顔を出す。



「いってきます」


 ヒールを履き終えて立ち上がると、ふわっとラベンダーの香りがして……


 玄関ドアに手を掛けるお母さん。



「……ま、待って!」


 咄嗟に声を掛ける。


 “本当に、友達の家に行くの?”


 喉元まで出かかっている言葉。


「ん?」


 私に呼び止められて振り向くお母さんの顔に、息を飲む。


……あまりにも、キラキラしていたから。



「ごめん、何でもない。いってらっしゃい」


 私はいろんな感情を、グッと飲み込んだ。



『お母さん、行ったよ』

『了解』


 柊にメッセージを送ると、2分後にインターフォンが鳴る。


「おじゃましまーす」

「どうぞ……」

 

 なかなか気持ちが切り替えられず、そっけなく柊を迎え入れて部屋に向かう。


 部屋に入りラグの上に座ると……柊は何も言わずに隣に座り、キュッと包み込むように私の手を握ってくれた。


「今日も……会うみたい……」


 やっとの想いで言葉を発する。

 

 柊は無言で、横からそっと抱きしめてくれた。


「大丈夫。俺らには関係ない」


 口癖のように柊はいつもそう言った。

 まるで……自分自身にも言い聞かせてるように。


 でも、柊もきっと分かってる。

 “関係ないわけがない”ということを。


 柊も私と同じように、これから起こるかもしれない何かへの言い知れぬ不安を抱えているのは、明白だった。


 私のお父さんや柊のママに話すという選択肢を選べないのも……話してしまったらどうなるか、想像がつくから。


 変わってしまうのが怖かった。


 家族も、環境も、そして私たちも……。


 どうか…世間に二人の関係が知られませんように。

 どうか…他の誰にもバレませんように。


 そんな事を私は……おそらく柊も、毎日毎日祈っていた。


 はっきり言葉には出さないけれど、お互いの不安を感じ取っていた私たちは、その不安を分け合うように今までにも増して一緒に過ごした。


 とにかく身体に触れ合っていたくて、手を繋いだり、キスをしたり、身体を重ねたり……。


「亜妃?」

「ん?」

「大好きだよ」

「うん……私も大好き」


 何度も想いを伝え合い、肌を寄せ合って、時間の許す限り一緒に過ごしていた。


……二人だけの秘密を守りながら。


 けれど……


 その『これから起こるかもしれない何か』は……


 予想外の形で、姿を現した───

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