2-7.お風呂で


──あの頃の私たちは、何も知らなかった。


 ただひたすら、お互いを想い合い求め合いながら、ゆったりと流れる時間を共に過ごしていた。


 長い幼馴染期間を経てようやく心を通わせることができた二人は、こんな穏やかな毎日がこれからもずっと続いていくものだと……


 そう、思っていた…──




──付き合い始めて10ヶ月程経った頃。



「……風呂って……やっぱエロいな?笑」


 その日もお母さんの帰宅が遅い日だったので、柊と一緒に私の家でお風呂に入った。


「もう……ほんとに今日だけだからね?」


 私は恥ずかしいから嫌だとずっと断っていたけれど、柊がどうしてもと言うので初めて入った。

 今日やっと念願叶った柊はすごく嬉しそうで、ニヤニヤ頬を綻ばせて笑う顔が子供みたいで可愛かった。


 一緒に湯船に浸かり、同じ方向を向いて、柊の脚の間にわたしが入る体勢になる。

 割れた腹筋が背中に当たり、ドキドキして身体が火照ってきた。


「ねぇ……やっぱり恥ずかしいから出る」


 私がたまらず湯船から出ようとすると……柊の太い腕で簡単に引き戻され、後ろからお腹に手を回される。


「まじで俺……癒される。亜妃といると」


 うなじに唇が触れてピクッと身体が跳ねた。


「お前の全部、だいすき」


 柊の愛が…浴槽内のお湯を伝って、全身に染み込むような感覚に陥る。湯気も相まって頭がクラクラした。私は、柊の左手の小指をそっと掬い取る。


「ねぇ……?」


 ゴツゴツした柊の小指に自分の指を優しく絡めた。


「あの日がなかったら……柊は私のこと好きになってなかったのかな?」


 柊を見上げるように、斜め後ろを振り返り聞く。


「いや……、」

 少し考える素振りをしてから、柊は口角を上げて。


「絶対、他のきっかけで、亜妃のこと好きって気付いてただろうな 」


 確信めいた声色で言うと、頬に手を添え、後ろから掬い上げるようにキスしてくれた。


「なんかさ、亜妃といると……俺ん中の黒いもんが、スーって浄化されてく感じがすんだよな。……なんでだろ?笑」


 不思議そうに、照れくさそうに少し笑いながら、柊は続ける。


「一緒にいると自分まで綺麗な人間になれる気がするっつーかさ……」


 柊は私の首元に顔を埋め、耳元で囁く。


「亜妃ってまじで……女神みたいな女だな」


 こうやっていつも、あまりにもストレートに柊が嬉しい言葉を投げかけてくれるから。私はどうしても……むず痒くなってしまう。



「ねぇ……前から思ってたんだけどさ?柊、私のこと買い被りすぎだよ……?」


「別に私、良い女じゃないもん。普通に人にイライラすることだってあるし、迷ったり悩んだりすることとかも全然あるしさ、何もすごいとこなんてないよ?」

「見た目も別に普通だしさ?他に綺麗な子なんて山程いるし……」


 柊は黙って私の主張に耳を傾けている様子。


「いつも私のこと“すげー良い女”とか“綺麗”とか、いっぱい言ってくれて嬉しいけど……なんか私、勘違いしちゃいそうになるよ。笑

 それにさ、しゅ……っ…」


 私の言葉を遮るように顎をクッと後ろに向かされ、柊の唇が私の唇をふさいだ。



 長めのキスをして、唇を離すと……


「うるさい口は塞ぎましょーね?笑」


 悪戯っぽく笑いながら、柊は私の唇を指で撫でた。


「いーの。俺が良い女っつってんだから、亜妃は良い女なの。誰よりも綺麗で最高な女なの」


 柊の愛に溢れた言葉たちが、いつまでも消えずに頭の中をふわふわと漂う。


 柊は私のお腹に置いていた手を上へ移動させ、膨らみをさわさわと揉み始める。


「……お前が良い女すぎて抱きたくなった」


 その日、初めて私たちはお風呂の中で、お互いの声を反響させながら愛を感じ合った。


 こうしてお風呂場にも、柊との思い出が色濃く染み付いてしまったのだった──

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