2-5.独占欲


──柊と初めての夜を過ごした翌月。


「じゃあ亜妃、なるべく早く帰るからね」

「うん、私は大丈夫だから。気にしないで」


 今日もお母さんはお友達のお店の手伝いで、帰りが遅くなるらしい。

 ここ最近は、週2日ほど帰宅が遅い日がある。


 玄関までお母さんを見送ろうと後ろを付いて行く。


「いってきます」


 靴を履き終え振り返ったお母さんの全身を、正面から俯瞰する。


 顔は綺麗にメイクをして髪もゆるく巻き、シフォン素材の白シャツにブラウンのパンツというスタイル。

 以前、父が誕生日にプレゼントしていたヴィトンのバッグを手に提げている。



「お母さん……、なんか……すごく綺麗」

「ふふっ、そう?ありがと」


 ここ最近、お母さんは急に綺麗になったような気がする。


 幾つになっても女性らしいお母さんに、ちょっと誇らしい気持ちになった。


「いってらっしゃい」


 お母さんを見送り、時計を見る。

 時刻は14:00。



『柊、お母さん出掛けたよ』

『おう、じゃ今から迎え行く』


 冬休み中で部活も休みの柊は家にいたようで。返信が来て、2分後に家のインターフォンが鳴る。



「おう」

「ごめん、支度するから待っててもらっても良い?」


 予想以上の速さで迎えに来てくれた柊。ひとまず、リビングで待っていてもらい、身支度を整える。



「お待たせー……」


 大急ぎで準備を終えてリビングに顔を出す。


 柊は私に近づいてくると、全身を上から下まで眺め、口角を上げる。


「今日もめちゃくちゃ可愛い」


 サラッと褒めてくれて。

 嬉しくて頬を緩めていたら……柊に腕を引かれる。



「……っ、」


 不意打ちのキス。

 一瞬で顔が赤くなるのを自覚する。


 柊はそんな私に気付くと満足そうに微笑んで……じゃ行くか、と玄関に向かった。



──向かった先は、映画館。


「俺、飲み物買ってくるから。待ってて」

「うん、ありがとう」


 柊が飲み物を買いに行ってくれてる間、館内の入り口付近にある椅子に座って待つ。


「──あれ?……え、成瀬??」


 聞き覚えのある声に振り向く。


「……あ!柏木先生、お久しぶりです」


 塾の英語講師だった柏木先生。


 受験が終わり、柊と最後の挨拶をしに塾に行った日先生はお休みで、結局会えなかったままだった。


 スーツ姿しか見たことがなかったから、一瞬分からなかったけど……ラフな私服姿は、いかにもモテそうな大学生そのもの。


「なーんか大人っぽくなったな~、元気か?高校楽しんでる……?」

「はい、お陰様で」


 私と柊が無事に同じ高校に合格できたのも、柏木先生のお陰が大きい気がする。やっぱり英語は受験において、とっても重要度の高い科目だから。


 久々の再会に他愛もない会話をしていると……

 少し間があってから柏木先生がスマホを取り出した。


「……あのさ、成瀬。せっかく再会できたし、よかったら……その……連絡先……」

「え?」


 照れくさそうに視線を投げてくる柏木先生と目が合った。その時──…



「───亜妃?」

「あ、柊」


 両手にドリンクを持った柊が戻ってきた。


「お~!平岡!なんだ、お前も一緒だったのか」

「……お久しぶりです」


 柊との再会を心底喜んでいる柏木先生。


「お前ら、相変わらず仲いいんだな!まさか一緒だったとは……驚いた。笑」


 チラッと柊を見ると……ちょっと不機嫌そう?

 ドリンクを一つ差し出され受け取る。


 柊は柏木先生の手元を見て何かを察したようで。

 ふぅ、と一息吐くと……先生に一歩近づいた。


「柏木先生」


 ちょっと威圧感のある声。先生も柊を見る。


「先生のお陰で亜妃と同じ高校に行けて、すげー感謝してます。ありがとうございました」

「……いやいや、俺のお陰なんて!お前らが頑張ったからだろ?」

「でも英語はめちゃくちゃ大事だったなと思います」


 私が思っていたことを、また柊が代わりに言ってくれて、嬉しくなる。


 そうか?と満更でもなさそうに頭を掻く先生。


 すると、柊の腕が横から伸びて来て……肩を抱き寄せられた。


「こいつ……俺の彼女なんで」


 突然、柊の口からカミングアウト。


「ちょ、ちょっと、柊?」


 目を丸くして驚いている柏木先生。


 少しの沈黙の後……先生はポケットにスマホを戻した。


「そっか、やっぱりか~。受験の頃から怪しいと思ってたんだよ、お前ら。笑」


 柊の肩を軽く押して茶化すような仕草をする先生。


「じゃあ成瀬、平岡!…仲良くな?」

「……はい」

「ありがとうございます」


 手を振って去って行く柏木先生の背中は、なぜだか少し寂しそうに見えた。


「──あ"ー……焦ったぁ…っ」

「え?なにが?」


 柊は気が抜けたように、私がさっきまで座っていた椅子に腰かける。


「ばかお前。気づいてなかったのかよ?!」

「……へ?」

「あいつ、亜妃のこと狙ってたんだぞ?」


 そういえば……前に麻由にもそんなことを言われたっけ……?



「そんなわけないって」

「はぁ……っ、じゃなんでさっき、亜妃に連絡先聞こうとしたんだと思う?」

「………それは……」


 確かに連絡先聞かれそうにはなったけど……?


 言葉に詰まる私に、相変わらずちょっと不機嫌そうな柊。


「ま、いーや。ギリギリ阻止できたし」


 柊は立ち上がると、空いてる方の私の手を掬ってキュッと繋いだ。


「言っとくけど俺、すんげー独占欲強いから」


 ちょうど私たちが観る映画の入場開始のアナウンスが流れ、劇場内へと向かう。


 ガッチリと繋がれた手の平から感じる熱。

 独占欲とやらの正体が……私にはよく分からないけれど。


 それもやっぱり愛の一種であることは、どうやら間違いなさそうだ──


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