2-3.初めての夜


───高校1年の冬。


 付き合い始めて半年ちょっと経った頃、いつものように一緒に下校していると……



「あのさ……」

「ん?」


 柊がなぜか、少し気まずそうに話し始めた。


「明日の夜、うちの親二人共いないんだって。

 ママは友達と旅行で……親父は仕事の都合で都内に泊まるらしくて……」

「そう……なんだ……」


 どこかぎこちない二人の空気。

 それを掻き消すように、柊が切り出す。


「だからさ、その…俺ん家、泊まり来れないかな?」


 柊のそのお誘いが何を意味しているかなんて、もうちゃんと理解できる年頃だった。


「………うん、行く」


 私が答えると、柊はほっとした様子で、嬉しそうに頬を緩めていた。


 “お母さんに聞いて連絡するね”と伝えて、それぞれの家に入った──




 私たちが付き合っていることは、お互いの両親には内緒にしていた。


 元々いつも一緒にいた二人なので、休日に二人で出掛けようが、お互いの部屋に行こうが、特に疑われている様子もなかった。


 でも、お泊まりは、今回が初めてだった。




──夕食後、お母さんに何と言おうか考えていると…


「亜妃……ごめんね。明日なんだけど……、お母さん、友達の家に泊まりに行くことになっちゃって。……良いかな?」


………まさかの、ナイスタイミング!!


「そうなんだ。全然良いよ、楽しんできてね♡」


 私は平然を装って答え、すぐさま柊にメッセージを送る。



『明日大丈夫です♡』

『まじか!よかった。楽しみにしてる』


 元々、お父さんは仕事人間で、朝から晩までほとんど家にいなかったので、夜食の用意だけしておけば何も問題なかった。


 お父さんには“明日は友達の家に泊まる”と伝え、お父さんの食事はお母さんが作り置きをしてくれることになった。




───翌日。


 その日は金曜日だったので、いつも通り柊と一緒に登校した。


 学校でも一日中、今夜のことを想像するとドキドキして、授業もまともに聞けなかった。


 授業中にチラッと柊を見ると、柊は特に何も気にしていない様子で、少し寂しい気持ちになった。


 こんなにドキドキしてるのは私だけなのかと、ちょっと恥ずかしくもなった。




───放課後。


 いつものように校門で柊を待つ。


 お互い家には既に誰もいないので、外で夕飯を食べてから帰ろうということになった。


 駅前に自転車を停め、冷えた手を温め合いながらゆっくりと街中を歩く。

 広場にはイルミネーションが施されていて、沢山のカップルが買い物を楽しんでいる。


「そーいえばさ、もう半年経ったんだな」


 柊は繋いだ手をギュッとして、懐かしむように言った。


「半年記念になんか買うかー?」

「うん、買いたい!おそろいとか…いやかな?」


 顔色を伺うように聞く私。


「全然いやじゃねーよ?おそろいにしよ」


 やさしく見つめ返して、柊はそう言ってくれた。私達は、駅前の雑貨屋さんに入ると、店内の小物や文房具を見回す。


「なぁ、これとかどー?」


 柊が指をさす先には、可愛い香水のボトルがいくつか並べてあった。


「香水か、良いね♡」


 私も柊もまだ、制汗剤やシャンプーの香りを楽しむ程度で、香水はひとつも持っていなかった。


 すぐに2人で各ボトルの香りを嗅ぎ合う。


「あ、俺これめちゃくちゃ好き」

「……あ、これ私も好き♡」

「これにする?」

「うん、これがいい!」


 私達は、ブルーのハート型の入れ物に入った爽やかな香りのする香水を選び、一つずつ購入した。


「早速今日から付けよーぜ」

「そうしよ、すごい…良い香り〜♡」


 その場で開封して香水を一吹きずつすると、お互いをクンクン嗅ぎ合った。


「柊、なんか犬みたい。笑」

「るせー、お前もな!笑」


 そんな冗談を言い合っていると、柊が何やら思い付いたようで声を発した。


「そうだ、写真撮んない?」


 言いながらスマホを取り出す。


 せっかくなので、おそろいの香水のボトルを手に持ち、ツーショットの自撮りをした。その写真の中の私たちは心底幸せそうな笑顔をしていて、とても良い写真だった。


「すげー良い写真だな。俺これ現像しよー」

「うん、私も現像したい!」


 そのまま二人で駅前の写真屋さんに寄って、スマホを機械に繋げて、一枚ずつ現像した。


 そして、ファミレスで夕飯を食べてから、二人で柊の家に帰った──




「ただいまー」

「お邪魔します……」


 誰もいない柊の家。さっきまであんなにふざけ合ってたのが嘘のように、お互いの緊張が伝わり、張り詰めた空気が流れる。



「……さみーな。風呂沸かしてくるね?」

「あ……うん、ありがと」


 一旦、荷物を置きに柊の部屋に入る。


 かばんを置くと部屋のカーテンを開けて、暗いままの私の部屋を見た。


「こんな風に見えてるんだぁ……」


 電話中の柊目線を味わえた気分で嬉しくなる。


 それからお風呂が沸くまでの時間は、二人でリビングのこたつに入りテレビを見た。


 柊が先にお風呂を済ませ部屋に戻ると、交代で浴室に向かった。


 お風呂を出て髪を乾かした後、さっき柊とお揃いで購入した香水をサッと髪の毛にひと吹きして、2階の柊の部屋へと上がる。


 柊の部屋は来る度いつも男の子の匂いがして、ちょっとドキドキするけれど……

 この時はいつもの何倍も胸がドキドキして、部屋に入るのも躊躇うほど緊張していた。



──ドアを開ける。


 ベッドヘッドにリラックスして腰掛けている柊。


「……おう、上がった?」

「……うん」

「なんか久々に亜妃のすっぴん近くで見たわ。笑」

「やだ……見ないでよ、もう……」


 そういえば最近は夜の電話の時以外、柊と会う時間帯は必ずメイクをしていた。

 毎日ナチュラルメイクだけど、していないと落ち着かなかった。


「なんで?いいじゃん。すっぴんも可愛いから」


 柊がサラッと嬉しいことを言うので、私は自分の顔がみるみる赤くなるのを感じる。


「おいで、こっち」


 柊に呼ばれて私はベッドの端に腰掛ける。


「いやいや、なんでそっち?笑」


 柊は不思議そうに笑うと、私の隣に移動してきてくれた。


「髪……さっきの付けた?めちゃくちゃ良い匂い」

「うん、これにして良かったね。……いい香り」


 二人で私の髪に付いた香水をクンクンと嗅ぎ合う。




 すると突然……

 柊が私の両肩をキュッと掴んで──




「今日………いい?」



 初めて見る、男の顔をした柊。


 緊張して上手く声が出せない私。




「やさしくするから」


 潤んだ瞳で私を見つめながら、髪を撫でてくれる。




「…………いいよ」




 やっと小さな声で答えると、少しずつ顔が近づいてきて……



 私は始まりの合図を、静かに受け入れた──

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る