第2章

2-1.溺愛デイズ


──柊と付き合い始めてから、早3ヶ月。


「はよ」

「おはよー」


 カップルとなった今は、登下校中も必ず手を繋ぐようになった。自転車でそれぞれが片手漕ぎをしながら、空いた方の手を繋ぐ。


「ちょ、お前、寄りすぎ……!片手漕ぎヘタか!」

「ごめんって。距離感むずかしいの〜笑」


 そうやって2人で笑い合いながら、毎日一緒に穏やかな学生生活を送っていた。



「お〜、今日もご夫婦仲良く登校っすか!良いね〜!うらやますぃ〜!」


 校門を潜ると、いつものように岸くんに冷やかされる。他の生徒達も皆ニヤニヤした目で私と柊を見ていた。


「ふふっ、岸くんおはよー」

「羨ましいっしょ?岸くんも早く良い女見つけろよ〜」


……そんな感じで、付き合い始めてからの私たちは、とてもオープンな関係だった。



「成瀬さん、おはよ!」

「あ、天王寺くん、おはよ」

「順調そうですね〜」

「ふふっ、お陰様で」


 廊下ですれ違った天王寺くんは、ニヤニヤしながら私の肩に手を置く。


「まぁさ、俺はもう最初から直感で、二人は付き合うだろうなって思ってたから」

「え……そうなの?」

「どう見たって平岡くんは成瀬さんOnlyだったよ?」


 どうやら天王寺くんは勘の鋭い人らしい。


「ま、もし何かあったらいつでも相談してよ?なんでも聞くからさ。男友達として!」

「うん、ありがと」

「じゃあね〜!」


 こんな感じで、天王寺くんとはこれからも友達として仲良くしていけそうだ。




──放課後の部活前…


「亜妃?ちょっと来て」


 柊に手を引かれ、人の少ない技術室に入る。

 ドアを閉めたと同時に、私は柊にグッと引き寄せられ抱き締められた。


「あー……、癒される……」

「ふふっ、そう?笑」

「まじで俺の最強の充電方法だわ」


 そっと腕の力を緩め、優しい目で私を見下ろす。


「好きだよ」


 まっすぐな愛の言葉に続けて、ちゅっと優しくキスしてくれた。


「私も好きだよ、部活がんばってね」


 いつものように頭をポンポンしてくれて、技術室の外に出ると、柊は校庭へと走って行った。




──部活が終わる頃、校門で待ち合わせる。


 行きと同じように自転車を並べて漕ぎながら、空いた手を繋ぎ、他愛もない話をしながら帰る。



「……お前さ、」

「ん?」

「……まじで…どんどん可愛くなってんな?」

「え?……なにそれ、やめてよ。笑」


 柊はいつもまっすぐ過ぎるくらいストレートに思ったことを伝えてくれるから、ときどき恥ずかしくなってしまう。


「今日のそのメイクさ、ちょっと目んとこキラキラ付いてんの?それもすげーかわいーな。似合うよ」

「ほんとに……?…嬉しい。可愛いでしょ?」


 私は最近メイクを褒めてもらえるのが、何よりも嬉しかった。柊に褒めてもらえると尚更テンションが上がった。


「……私ね、将来はメイク関係のお仕事したいなって

 最近思ってて…」


 褒めてもらえたのが嬉しくて、言葉が次から次へと口から溢れてくる。



「初めてメイクしてった日ね、クラスの子達が可愛いって集まってきてくれて…

 私、すっごい嬉しかったんだよね」


「柊と違ってさ、私ぜんぜんモテないから。笑

 あんまりチヤホヤってゆうか、注目?みたいなのされたことなかったからさ?」


「だから、あの日すっごい嬉しくて。学校だしあんまり濃いのはできないけど、毎日ほんのちょっとでもメイク変えると気分も変わるんだよね」


「女の子に生まれてよかったなーって。

 だから、高校卒業したらメイクの専門学校行こうかなって考えてるの」



……夢中で柊に話していた。

 ふと我に返って、なんだか恥ずかしくなる。


「って、ごめん……。語りすぎたね……」


 チラッと横を見ると、柊は目線の遠く先をぼんやりと見つめていた。


「……すげーな、亜妃」


 そう言うと、隣に並ぶ私の方を向く。


「応援するよ、その夢」


 温かいその瞳に、「ありがと」と返した。



「……柊は?…将来の夢とかあったりするの?」

「いや、俺は何にもねーな」


 柊はぼーっと、何かを考えていて。


「……俺はさ、ただ目の前のやるべきことっつーか?

与えられたものは全力でやるタイプだけど。好きなこととかやりたいこと……特にないんだよなー……」


 しばらくお互い無言のまま、自転車を漕ぎすすめていると……



「あー……俺まじで自信ねーわ」


 不安げな言葉が聞こえたと同時に、柊が繋いでいる手にキュッと力を込めてくる。


「亜妃……どんどん綺麗んなってくし。夢まであってめちゃくちゃキラキラしててさ、なんもねー俺のことずっと好きでいてもらえるか……すげー不安。笑」


 ぶっきらぼうに笑うと、また遠くを見つめている。


 こんなにもかっこよくて、優しくて、いろんな人に好かれて、男らしくて、まっすぐで……



 魅力の塊みたいな柊が……なぜ不安を感じるのか?

 私には不思議でしょうがなかった。


 でも、そこまで想ってくれているのが嬉しくて。

 改めて幸せだなぁと胸がじんわり温かくなった。


「もー、何言ってるの?私には柊しかいないよ?」


 そう言うと、嬉しそうな……でもまだ少し不安そうな顔で、やさしく微笑んで。


「ま、俺にも当然、お前しかいないけどな?笑」


 照れながら笑う愛しい人と二人……手を繋ぎながら、自転車を漕ぎ進めた──





──家に帰って夕飯を食べ、少しテレビを見てゆっくりお風呂に入ってから自分の部屋に戻ると……



『寝る前、ちょっと話せる?』


 柊からLINEが入っていた。


『ごめんね、お風呂入ってた。話せるよ』

『おう』


 数分後、着信が入る。


 電話を受けて部屋の窓を開けると、柊も同じタイミングで窓を開けた。

 スマホに耳を寄せながら、窓の外に手を振り合う。



「あのさ……?」

「ん?」


 電話口の柊の声色がいつになく不安そうで、向かいの家に視線を送る。


「俺……うざい?」


 柊は気まずいのか私の方は向かず、自分の部屋の中に視線を向けている。


「……え、なんで?」

「いやなんかさ……。行きも帰りも一緒なのに部活前も呼び出したり、不安がったり電話したいって言ったり……うざくない?」

「ふふっ、」


 不安になってくれてるのが嬉しくて、なんか可愛くて、つい笑ってしまう。


「おい、笑うなよ。まじで不安なの!俺は」

「ごめんごめん、大丈夫、うざくないよ?」

「……そっか、ならよかった」

「むしろ嬉しい」


 柊の方を見ると、視線は合わないけれど、安心した顔をしているのが分かった。



「亜妃?」

「ん?」

「だいすきだよ」


 窓の外に視線を移すと……


 柊はまだ私の方を見ずに、ずっと自分の部屋を眺めながら話していて。

 その照れてる様子をとても愛おしく感じた。


「私もだいすき」


 再び柊を見るとやっと目が合い、嬉しそうに頬を緩めていた。



「あー……ちゅーしたい……」

「えー?…もー、今日学校でしたでしょ?笑」

「あれじゃ足んない。……俺ほんとやばいな。笑」


 電話越しの笑い声と窓の外から直に届く笑い声が、耳の奥で重なり……綺麗に響いていた。



「じゃ、また明日な」

「うん」

「明日も絶対ちゅーするからな」

「ふふっ、はーい」

「おやすみ」

「おやすみなさい」


 電話を切って窓の向こうの柊と軽く手を振り合い、カーテンを閉める。


 毎日が穏やかで幸せで……こんな日々が一生、続いていけば良いなと思った。


 この頃の私は、柊となら、それが叶うと……

 そう思っていた──


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