1-7.焦りと告白


──翌日からも、柊の様子は相変わらずだった。


 登下校もいつも通り一緒だったけれど、二人の間にはどこかこれまでとは違った空気が流れていた。



──1週間後…


 その日も放課後、廊下の窓からサッカー部の練習をこっそり眺めていると……


「あ、また会えた〜!成瀬さーん!」


 天王寺くんが相変わらずの爽やかスマイルを振りまきながら駆け寄ってきた。



「1週間前もこの時間に会えたからさ、もしかしたら今日もいるかな〜と思って。

 今日は忘れ物してなかったけど来ちゃった!笑」

「ふふっ、そうだったんだ」


 天王寺くんって、ほんとに素直な人なんだなぁ……


「何なに〜、毎週ここで何してんの〜?」

「ううん、別に毎週って訳じゃないよ。ここから外を眺めてぼーっとするのが好きなの」


 ふと窓から校庭を見ると、今日もゴール前に集まっている部員達の中から柊がこっちを見ていて、目が合った。


 私が軽く手を振ると、今日はいつもより大きく手を上げて応えてくれた。



 嬉しさが隠し切れず、頬が緩んでいるのを自分でも感じていると……


「ふ〜ん。なるほどね、そうゆうことか」


 天王寺くんは、しめしめという顔で私を見てくる。


「この前“ただの幼馴染”って言ってた嘘つきさんは、どこの誰でしょ〜??笑」


 そう言って、私の肩をパシッと軽くパンチした。


「………バレちゃったか」


 私はそう、シレッと答える。


 これまで私は誰にどんなに冷やかされても、自分の柊への気持ちを話したことはなかった。

 でも天王寺くんはこの前、“一目惚れしちゃった”と言ってくれてたし、少なからず好意を持ってくれていることは感じていた。


 だから、本当の自分の気持ちを知ってもらった方が良い気がした。


「そっか〜。まぁ平岡くん、イケメンで男女問わず人気だし。そりゃ好きになっちゃうよね〜……」

「……でも……永遠の片想いだけどね。笑」


 無理に笑って見せる。自分で言っておいて、とてつもない切なさが込み上げてきた。



「……成瀬さん、気持ち伝えないの?」

「え?」

「案外同じ気持ちだったりするかもよ〜?」


「え……ないよ、ないない、絶対ない!もう10年以上だよ?毎日一緒に登下校しててさ?一回も手すら繋いだことないもん……」

「まーじで?……すげーな。笑」


 天王寺くんは「あの距離感で?」と笑いながらも、すごく驚いていた。


「もちろん、小さい頃はあったよ?まだお互い男女の意識がなかった頃ね?手繋いだりハグしたこともあるけど……。

 小学生になってしばらく経った頃からかな。本当に何にもなくなったの。もうパッタリ!笑」


 何かスイッチが入ったかのように、夢中で話す私。


「あー…なるほどね〜」


 天王寺くんは、何故だかニヤニヤと楽しそうに私を見てくる。


「だからね、きっと何とも思われてないんだよ。私は柊にとってただの幼馴染でしかないの」



 “ただの幼馴染”


 また自分で言っておいて、どうしようもなく切なくなる。



 ふと窓の外を見ると……


 柊がチラッとこっちを見たような気がした。



「んー…まぁさ?人の気持ちって分かんないもんじゃない?あれこれ想像するより、伝えるが吉!笑」


 天王寺くんは、私の肩をまた軽くパンチする。


「……やっべ、完全に休憩終わってる!!じゃーまたね、成瀬さん!」


 そう言いながら再び爽やかな風を吹かせて、体育館へと走り去って行った。



 伝えるが吉、か……。

 そんな勇気いつになったら湧くのかな……?




──その日の帰り道…


 いつものように柊と二人、自転車で並んで走っていると……


「今日ちょっと寄り道してってい?」


 突然、柊が言った。


「うん、いーよ。どこ行くの?」

「ん、ついてきて」


 私たちは自宅のある住宅街とは反対方向へ自転車を漕いだ。


 そして昔通っていた小学校の近くにある小さな神社の前で、柊は自転車を停めた。


「え、ここって……」

「覚えてる?」


 私は、大きく頷いた。


「俺が骨折したとこな。笑」

「ふふっ、覚えてる覚えてる。笑」


 私たちは自転車から降り、神社の境内にあるベンチに座った。




──小学校3年生の頃…


 柊と私は、学校帰り他の同級生達と一緒によくこの神社で遊んでいた。いけないことだと分かっていたけれど、石の上に登ったり木に登ったりするのが楽しくて好きだった。


 その日、いつものように遊んでいると、境内で一番大きな木から柊が落ちた。かなり高い位置から落ちて、柊は頭や手から血を流していた。


 驚いた私は、すぐに柊に駆け寄り、必死で声をかけ続けた。

 同級生に大人を呼んでくるようにお願いして、ただただ柊の背中をさすっていた。


 幸いけがは頭の擦り傷と左手小指の骨折だけで済み、大事には至らなかった。



「……あん時さ、他の同級生達みんなビビって固まっちゃってて。笑」


「なのに、お前はすぐ駆け寄って来てくれて。俺の背中ずっと摩っててくれて、“わたしがいるから大丈夫”って声かけてくれてて……」


「けっこう血も出てさ。すげー痛くて恐かったんだけど……、亜妃がいてくれてめちゃくちゃ安心したんだよな」


 柊の話の続きに……耳を傾ける。


「俺……幼稚園の頃とか?ほんと小さいガキの頃からさ、『なんで亜妃といるとこんなドキドキすんだろ』『なんで亜妃が笑うとこんな嬉しいんだろ』って……ずっと思ってたんだけど……」



 柊は何かを腹に決めたように、続けた。


「骨折したあの日に気付いちゃったんだよね……」

「……え?」






「お前のこと好きだって」



 月明かりに照らされた柊の横顔は……

 とても……綺麗だった──



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