1-3.同じ高校に行きたい


──放課後、吹奏楽部の私は音楽室へと向かう。


 今日はパート毎に練習する日なので、自分の楽器を持ってそれぞれ移動する。フルートの私は、3階の空き教室が練習場所になる。


 私はこのパート練習の時間が大好きだった。


 3階の空き教室の窓からはサッカー部の練習がよく見える。いつものように窓際の席でフルートを吹く私。


 サッカー部はいつも楽しそうにふざけ合ったり、笑い声を校庭に響かせながら練習していた。

 私はその笑い声の中から、柊の声を探し出すのが好きだった。



──しばらくすると、サッカー部は休憩時間になったようで、ちょうど教室の真下の位置にあるベンチに集まり、水分補給をし始めたのが分かった。


 私は窓から顔を出して下を見る。ちょうど柊が上を見上げて手を振ってくれた。

 控えめに手を振り返す……と、


「うわぁ、出たよ〜!部活中にイチャイチャしてんじゃね〜よ、まじで〜」


 らぶらぶ〜とまた何処からか冷やかしの声が聞こえた。恥ずかしくなってすぐに顔を引っ込めたけれど……こうして柊が毎回私に気付いてくれるのが、内心とても嬉しかった。




「おつ」

「おつかれさまー」


 部活が終わり、いつものように校門で待ち合わせる。


「あっつー。アイス食って帰らねー?」


 部活のジャージの裾を捲りながらお腹にパタパタと空気を送り込んでいる柊。その度にチラチラ見える割れた腹筋に……なんだかドキドキしてしまう。


「良いね、買い行こっか」


 帰り道の途中、コンビニでアイスを買って、住宅街の入り口にある公園のベンチに座った。




───薄暗い公園にはもう子供の姿はなく、静かだった。


「お前さ……高校どうすんの?」


 他愛もない話をしていたら、突然柊が聞いてきて。


「行きたい高校とかあんの?」

「んー、まだ全然決めてないや。柊は?」

「俺もまだ全然。そろそろ考えなきゃだよなー」


 高校か……。柊と離れ離れになっちゃうのかな?


 これまでずっと一緒だったのに。高校が離れたらきっと、この関係も変わっちゃうんだろうな……。




「……高校も同じとこ行けたら良いな?」

「え……?」

「こんだけずっと一緒にいるとさ、離れるのってなんか嫌じゃん?」


 私が心の中で考えていたことを、柊が言ってくれた。


「うん……、だよね」


 うまく言葉にできなくて、そっけなく答える。


「さ、帰るかー」


 柊が立ち上がったので、私も立ち上がり歩き出す。いつもと同じように……柊のすぐ隣を。



 ちょっとの意思を持てば簡単に手が繋げてしまうような距離。


 だけどこの距離感の中、私たちはたったの一度も、手を繋いだことも腕を組んだこともなかった。



 最後に柊の手に触れたのは、小学校低学年の頃だったかな……?


 柊は私のこと、どう思ってるの……?


 柊を好きだと気付いてから私は毎日毎日、何度も心の中で呟いた。



 “離れるのってなんか嫌じゃん?”


 そう言ってくれたけど……

 恋愛感情は、きっとないんだよね……。


 公園から2人の家まではすぐだった。


「じゃ、また明日な」

「また明日ね」


 別れ際、柊は私の頭を昼間と同じようにまたポンポンしてくれた。


 そしてお互い背を向けてそれぞれの家に入った──






──夕飯を食べ、お風呂に入って部屋で音楽を聴きながら雑誌を読んでいると……


 柊からメッセージが届いた。



『風呂入ったー?ちょい話そ』

『入ったよ。はーい』



 そう返信して、私は部屋の窓を開ける。


 ちょうど同じタイミングで柊も部屋の窓を開け、同時に着信が来た。



 私の部屋と柊の部屋はそれぞれの家の玄関側に位置していて、お互いの部屋が向かい合っている。


 ただ、家と家の間に道路を挟んでいるから、直接の会話は大声を出さないとさすがに聞き取りづらい距離だった。


 私の部屋は窓側にベッドを置いているので、私はベッドの上に座り……

 柊の部屋は窓側に勉強机を置いているので、柊は勉強椅子に座って……


 こうして部屋の窓からお互いの様子が見える状態にして、ときどき寝る前に電話をした。




「……なにそれ。新しい部屋着?可愛いじゃん」


 電話を受けて早々に、柊が言った。


「ふふっ、可愛いでしょ?」


 全身が柊に見えるようにベッドの上に立つ。


「あー……でもそれ下短すぎ。てか胸元開きすぎ」


……相変わらずの心配性だ。


「ねー……部屋着だよ?良いでしょ別に。家族しか見ないもん、心配しすぎだよ」


 ちょっとムッとした声で私が言う。



「……だな、ごめん。笑 可愛いよ、俺それ好き」


 ばつの悪そうな声で謝りながら、そう言ってくれた。


「………ありがと」


 “可愛いよ、俺それ好き”


 嬉しくてニヤけた顔を見られるのが恥ずかしくて、私は自分の部屋の中に視線をずらす。


「……あのさ、」

「ん?」

「高校……同じとこ目指さね?」

「え?」


 さっきの公園での会話の続きをし始める柊。


「やっぱさ、亜妃と違う学校通うの違和感しかねーの。亜妃がまだ行きたいとこ決めてないんならさ? その方が切磋琢磨ってゆうの?なんか一緒に受験頑張れそうだし」

「……そう……だね、そうしよっか」

「おー、じゃまた詳しくは明日な」

「うん、おやすみ」

「おやすみ」


 電話を切った後、お互いに手を振ってから窓を閉める。


 柊と同じ高校……うん、絶対行きたい。


 これからもずっと柊と一緒にいたい。


 今のまま『幼馴染』で良いから……

 恋愛対象に思われなくても良いから……



 神様、どうかずっと……



 柊のそばに、いさせてください──


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