第1章

1-1.心地良い関係


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 私たちは、閑静な住宅街の向かい同士の家に住んでいた。


 物心が付いた頃には、既にいつも一緒だった。


 お互い一人っ子で同い年だった私たちは、幼稚園・小学校・中学校と成長を共にし、まるで兄弟のように日々をともに過ごしていた。


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──中学3年の5月…


「柊ー、遅刻するよ〜!」

「はいよー」


 いつものように玄関の前で、柊を待つ。


「亜妃ちゃん、毎朝ごめんね〜。柊!もういい加減にしなさい!何分待たせるの!」


 柊の母は呆れ顔で、“ごめんね”…とアイコンタクトをくれる。するとダルそうに欠伸をしながら、柊が階段から降りてきた。


「はよ」

「もー、柊遅いよー。ママ、いってくるね!」



 私は自分の母を“お母さん”、柊の母を“ママ”と呼んでいる。柊がそう呼んでいるので、私も自然とそう呼ぶようになった。


「お前スカート短くしすぎ。パンツ見えんぞ」

「えー、皆もこのくらいにしてるよ?パンツ見えないですよーだ」


 こんな調子で、柊はいつも私の心配をしてくる。 


 ボーッとしながら歩いていると……


「あぶねっ」


 向かいから来た自転車にぶつかりそうになり、柊が咄嗟に腕を引いてくれた。


「ごめん。ぼーっとしてた。ありがと」

「まじで危なかった……気を付けろよ?」



 そう言って、いつもと同じようにさり気なく車道側を歩いてくれる柊。


「お!お二人さん、おはよ〜!!今日も朝からラブラブですね、ひゅーひゅー!」


 校門を通り過ぎたところで、柊と同じサッカー部の岸くんが揶揄ってきた。


「ばーか、らぶらぶじゃねーよ」


 この学校に通う人たちの大半は、私と柊はカップルだと思ってるんだろう。毎日と言っていいほど、冷やかされている。こんな状況で柊を意識せずにいられるはずもなく、私は『柊のことが好き』という気持ちを、もうだいぶ前から自覚していた。




「じゃーな、また帰り」

「うん、また帰りね」


 柊とはクラスが違うので、毎朝教室の前で別れる。

 サッカー部の柊と吹奏楽部の私は、部活が終わる時間がだいたい同じで、帰りもいつも一緒だった。


「女が一人で暗い道歩くとかありえねーから」


 柊はいつもそう言ってくれて、どちらかの部活が早く終わった日は時間を潰して待って、一緒に帰るのが日課だった。


「ふぅ…… 」


 席に着くと、私は深いため息をついた。机に顔を突っ伏して項垂れる。もうずっと長い間、私は柊の気持ちが分からなかった。



 いつも一緒に過ごしていて、ずっと一緒に過ごしてきて。気が付いたらもう、10代の半ばになっていた。

 恋の一つや二つしたって何も可笑しくない年齢。同級生達の中にはカップルも沢山いる。


 顔が良くて優しい柊はとにかくモテていて、小学生の頃から今まで沢山の子から告白されていた。

 その度に断るもんだから、「亜妃のせいでフラれた」と勘違いされて、周りの女の子から陰口を言われたりもしてきた。


 私の知る限り……これまで柊は誰とも付き合ったことがなかったし、好きな人がいるのかさえ分からなかった。前に一度、なんで誰からの告白もOKしないのかを尋ねたら、「女に興味ないから」と言っていた。

 だから私は、柊への気持ちに気付いてからも、自分の気持ちを伝える勇気は出なかった。




 それに……物心ついた時からのこの『幼馴染』という立ち位置が、私にとってはものすごく心地良かった。私が想いを伝えることで、今のこの関係性を失うのが怖かった。




──その日の昼休みが終わる頃…


 私がトイレから教室へ戻るとき、階段近くで柊の後ろ姿を見つけた。

 声をかけようと近づいていくと……


「……好きなの。だから……私と付き合って」


 あ……また告白されてる。

 悪いとは思いつつも、耳を澄まして続きを聞いてしまった。



「ごめん、俺付き合えない」

「……そっか…。…わかった……」

「ありがとな、好きになってくれて」

「……うん…っ……じゃあね……」


 女の子は顔を真っ赤にして、涙を堪えながら去って行った。


「……おぉ…亜妃、どした?」


 呆然としていると、柊が後ろを振り返って私に気付いた。


「……ごめん……今さっきの聞いちゃった…笑」


 そう言うと、柊は気まずそうな顔をして……



「……そろそろ授業、始まるぞ?」



 また私の頭をポンポンして教室へと戻って行った。


 柊に触れられた頭がぽっと熱くなる。



 あんなにモテる人に触れてもらえる距離にいるだけでも、私は充分幸せ者だ。


 だから欲張らないで『幼馴染』を全うしよう。

 このとき私は、そう思った──



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