第57話 ギルマン・ハウス

 週末の遠征では、土曜に制限ダンジョンを1つ、日曜に制限ダンジョンを2つ攻略する予定だ。

 事前に共有された情報を見ると、かなり規模が小さいダンジョンだった。姫香と星辰天せいしんてんがいれば余力を持って攻略できるスケジュールである。

 祝日の月曜は観光に当てるつもりだった。帰りのフェリーの時間までは丸々観光できることになる。


 インスマスの観光ガイドブックには様々な観光スポットが載っていた。

 地元の人達によるショーステージ、9月でも暖かい気候の海でのマリンスポーツ、温泉付きのリゾートホテルに、街歩きが楽しいメインストリート。


 遠征前はあまり乗り気でなかった僕だが、行きのフェリーで観光ガイドブックを眺めているうちに、すっかりその気になっていた。

 姫香と星辰天も人気ショッピングスポットのどこを巡るか話していて楽しそうだ。


「お土産にインスマス・プリンはかかせませんね!」

「だったらアウトレットモールに寄るのがいいんじゃない?」

「スチルへのお土産、何がいいかな? あっ、このインスマスくん人形なんてどう?」

「絶対やめたほうが良いと思います」「絶対やめたほうがいい」

「そう……?」


 妙に目がギョロッと飛び出したインスマスくんというキャラが、スマホで検索してきたらヒットしたのである。

 グッズがたくさん出ていてなかなかお土産に良さそうだったが、姫香と星辰天に猛反対されて渋々諦めた。


 僕たちはそんな感じで行きのフェリーの時間を過ごした。

 すっかり観光気分だが、まずはダンジョン攻略からだ。いざインスマス!



   ◇◇◇



「「「…………?」」」


 インスマスに到着した僕たちは戸惑っていた。

 フェリーから降りた時から違和感はあったのだ。覇気がない面持ちで歩く魚のような顔の住民たち、ぽつぽつと点在する土産屋には観光客の姿は無く、レトロなアーケード屋根は老朽化して今にも崩れそうだ。


 疑問が確信に変わったのは、宿泊予定のホテルに向かうためにメインストリートを通った時だった。

 金曜の夕方だと言うのに、ほとんどの店がシャッターで閉まっているのである。


「あの、ハガネさん、なんだかこの街、寂れてるって思います」

「言うな、姫香ちゃん」


 観光地の宣伝が多少盛られているのは分かっていたが、それにしても随分な落差だった。

 星辰天は寂れたメインストリートと華やかなガイドブックを見比べて、諦めたようにため息をついた。


「これはホテルのほうも覚悟したほうが良さそうだね」



   ◇◇◇



 3泊4日する予定のホテル「ギルマン・ハウス」は、メインストリートを抜けた先にある半円形の広場沿いにあった。

 廃墟と見紛わんばかりの建造物だった。壁はところどころが崩れかけ、窓が割れたまま放置されている部屋もある。観光地とは思えない周囲の静寂が、古寂びた雰囲気に拍車をかけている。


 ――幽霊屋敷かな?


 星辰天の懸念は当たってはいたが、どうやら覚悟の上を行っていたらしい。星辰天はホテルを見上げながら青ざめていた。


 幸いなことに、外見に比べてホテルの内装はしっかりしていた。

 歩いているとたまに何かが軋む音が聞こえるのが気になるが、まさか崩れ落ちることは無いだろう。


 ホテルのチェックインではまたちょっとした揉め事があった。

 1部屋しか予約されていなかったのである。姫香が「任せてください!」と張り切っていたので、今回の段取りは全て任せていた。


「姫香ちゃん?」

「人間、誰でも間違いがあると思います! 仕方ないですね、今回は皆で一緒にお泊りしましょう!」


 姫香は悪びれずに笑顔でのたまう。

 こういった時は押せば僕のほうが折れることを知っているのだ。甘やかしすぎたか……。


 僕のぶんの他の部屋を確保しようと受付と話したが、「申し訳ありません。空いている無事な部屋はこの部屋だけでして……」とのことだった。無事って何?


 僕はいよいよ星辰天に罵倒されることを覚悟した。クズ、変態、すぐに女と同じ部屋に泊まろうとする、などの罵詈雑言が飛んでくるのが容易に想像できる。


 僕は恐る恐る星辰天のほうを横目で見たが、意外なことに星辰天が発したのは肯定的な言葉だった。


「まあ、部屋が1つしか無いなら、仕方ないんじゃない?」


 ヒクヒクとこわばった笑顔の星辰天は、チョコンと僕の服の裾をつかんでいた。小柄な星辰天がそんな動きをすると、まるでホラー映画が怖くて大人の手を握る子供みたいである。


「星辰天ちゃん、もしかして怖いの?」

「は? 怖くないけど?」


 強がる星辰天だが、よく見ると手が震えている。この廃墟じみたホテルを見てから星辰天の口数は露骨に減っていた。引き離す気にはなれない。


 ともかく、2人からお許しが出てしまった。

 2人には内緒にしているが、『性愛の女神の権能』の絆を深める条件を探るのも遠征の目的の1つだ。共に過ごす時間が増えるのは僕にとっても都合が良い。


 腕を絡ませてくる姫香と、服の裾をつまんでくる星辰天を引き連れながら、僕は宿泊する部屋に向かった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る