第56話 vs海ほたこ

「モンスターだ!」


 フェリーとほぼ同サイズの巨大なタコ型モンスターだ。

 ここはダンジョン内ではない。どうやって迎撃する? 窓をぶち破って外に出るわけにはいかない、ああそういえば外部デッキに出れるって説明があったな、まずは外部デッキに出てから、いや、アクティブスキルならここからでも――。

 討伐手順を検討して戦闘態勢に入る僕に、星辰天せいしんてんが声をかけてきた。


「落ち着きなよ、ハガネ」

「星辰天ちゃんは落ち着きすぎじゃない?」


 モンスターが出現しているにも関わらず、星辰天はくつろいだままだった。

 手元のオレンジジュースをストローで吸いながらガイドブックを眺めている。


「ほら、千葉ではよくあることだって」

「千葉ではよくあること!?」


 星辰天が差し出してきたガイドブックには確かにモンスターについての記述があった。大まかな概要はこうだ。


”東京湾には海帆蛸うみほたこというランクCモンスターが現れることがあります。

東京湾フェリーでは全日本ハンター連盟公認ハンターが護衛しているため、危険性はありません。

餌は与えないでください。”


「う、海ほたこ……」


 海ほたこはその巨大さと不気味な見た目から昔は邪神と勘違いされていたらしい。

 外見の邪悪さに対してさほど強くはないので、このモンスターに出会った船は突撃して撃退していたという逸話が書いてあった。突撃して……?


「ハガネさん! 写真! 早く写真撮りましょう!」


 姫香のほうを見ると、中腰になって写真写りの良い角度を探しながら、海ほたこが写るように自撮りしていた。

 どうやらモンスターを撃退しようと慌てていたのは僕だけだったみたいだ。


 フェリーの周りにはいつの間にか結界カテゴリのカードによる防御壁が張られていて、海ほたこがペチペチと触手で結界を叩いてる。魔力差から考えても結界が破られることは無さそうだ。危険性が無いというのは本当らしい。


 スマホでパシャパシャと写真を取る姫香を呆然と眺めていたが、僕はハッとなった。スチルへの土産話!

 行きのフェリーに乗っていたらタコに襲われたというのはちょっと面白いんじゃないか?


「姫香ちゃん! 星辰天ちゃん! 一緒に写真取ろう!」

「はい!」

「なんでアタシまで……」


 僕は乗り気の姫香と消極的な星辰天を巻き込んで、一緒に写真を取ろうとした。星辰天は渋々と言った面持ちだが、逆に誘わないと拗ねるタイプだ。

 3人と海ほたこが一緒に写るように上手いこと位置を調整して、「撮るよ」とかけ声をかけた瞬間、それは飛来した。


 穂先が3つある槍のような武器だ。

 三叉槍さんさそう、とでも言うのだろうか。


 高速で飛んできた三叉槍は海ほたこに直撃すると、そのまま貫通してモンスターの肉体をずたずたにする。

 何らかの状態異常攻撃だろう、海ほたこは全身から青い血を吹き出した。


 運悪く、そのタイミングでシャッターボタンを押してしまった。

 笑顔の僕、姫香、星辰天。そして後ろには青い血を振りまく苦悶の海ほたこ。

 猟奇的な写真が完成してしまった。スチルには見せられそうにない。


「「「……」」」

「殺した獲物を自慢する蛮族系モンスターか?」

「んふっ」


 ぽつりと呟いた僕のセリフがツボったのか、星辰天が笑いをこらえるように口元を手で抑える。

 海ほたこはしばらくはクネクネと動いていたが、やがて力尽き、光の魔力の粒子となって消えていった。


 よく海に目を凝らすと、海ほたこを攻撃したであろうハンターが泳いでいるのが目に入った。


 桃色がかったブロンドの水着の少女だ。

 こちらに手を振っているので、手を振り返す。


 こちらが手を振り返すと、少女はいったん海に潜り、海面からジャンプするように飛び跳ねた。

 少女の下半身は魚のような見た目をしていた。モンスターに例えると怒られてしまうかもしれないが、美しい人魚マーメイドのようだ。


「んん? 海ほたこ、もう1体いないか?」


 桃色髪の少女はこちらにぶんぶん手を振っていて気付いていないようだが、後ろからさらなるモンスターが迫ってきている。

 放っておいても問題ないだろうが、1体目討伐のお礼を込めて2体目はこちらで対処することにした。


「アクティベート、”ウィンドカッター”。対象、海ほたこ」


 【名前】ウィンドカッター

 【ランク】C

 【カテゴリ】アクティブスキル・風

 【効果】

 対象を風の刃で攻撃する。


 僕は攻撃アクティブスキルを使うのが苦手なので普段はあまり使ってないが、低ランクモンスターを遠隔から倒す時には便利だ。

 風の刃が2体目の海ほたこを切り裂くと、海ほたこは光の粒子として消えていった。


 少女は目を見開くと、口をパクパク開いてこちらに話しかけてきた。

 普通の人間なら聞き取れないだろうが、感覚値が高いハンターの聴覚なら容易く意思疎通ができる。


「ありがとー!」

「いえいえ、こちらこそ」


 少女はお礼を言うと、海に潜っていった。

 これから向かうインスマス出身のハンターだろうか。また会うこともあるかもしれない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る