第37話 出世払い
僕がコウさんから教えてもらったことは指では数え切れないほどに多いが、特に感銘を覚えたセリフはこれだ。
「いいか、ハガネ。人は1人で生きていくことは出来ないんだ。無理をして人を助けろって言ってるわけじゃねえ。ただ、お前に出来ることがあって、誰かが頼ってきたなら助けてやれ。そして、そうして生きているうちは、お前は誰かに頼ってもいいんだ」
僕はなるほど、と深く頷いた。僕は誰かに頼っても良いのだ。
その日から、僕は様々な女性からご飯を奢ってもらうことを覚えた。女性の良いところを見つけて褒めるのは得意だったし、家事も一通りは出来たので、このあたりは僕の出来ることだなと思った。出世払いと称して借金をしたりヒールを使って貰ったりもした。
後日、「ヒモになれって言ったんじゃねえ!」とコウさんには拳骨を貰った。
ところで、僕の預金通帳はかつてないほど額が膨れ上がっている。
高ランクダンジョンに行けるようになってから、魔石やカードの売却で収入が一気に増えたのだ。この収入はパーティできっちり3等分して分けているが、それでもかなり多い。
一方で支出だが、シュクモの呪いを解いたお礼ということで、プロフェッサーがマンションを用意してくれているうえに、スチルの医療費も全面的に面倒見てくれている。僕自身にはこれといった趣味が無いため、支出がほとんど無くなっていた。
つまり、来たのだ。
出世払いをする時が。
◇◇◇
借りた金額のメモを見ながら6人ほどの女性にお金を返したところで、僕は心が折れかけていた。
「お小遣いのつもりで渡してたわ!」「お小遣いのつもりでぇ……渡してましたぁ……」「お小遣いのつもりで渡してたッス」「アンタ、ヒモの自覚無かったの?」等、誰1人として僕からお金が返ってくるとは思っていなかったのだ。
金を返すつもりが無いのに貰っていたらそれはただのヒモじゃないか!と僕は憤ったが、よく考えたら返せる見込みはあまり無いままホイホイ貰っていたので、完全にヒモであった。貧乏は人の判断を誤らせることがある。
今日は最後に幼馴染の
この1年ちょっとの間だけでも湯水のようにヒールを使ってもらっていたし、それ以前にもちょくちょく転がり込んでは食事を作ってもらっていた。いざ恩返しの時である。
「え? 出世払いって本気だったの?」
いつも飄々とした態度の小顔美人が本気で驚いているレアな表情が見れてしまった。美人は驚いた顔も美人だ。
そしてやっぱり出世払いを本気にはされていなかった。
「本気に決まってるよぉ」
「ウソウソ、冗談。これは2人の将来の資金にしておくね」
静子はあっさりとお金を受け取ってくれた。将来の資金って何に使うつもりだろう?
「たまには
「ああ、今度会いに行くつもりだよ。
佐々木
面倒見が良いため界隈では慕われており、僕と静子も幾度となくお世話になっている。
軽く世間話をしてから、僕はいくつかの用件を済ませることにした。
コウさん曰く、殺人クラン”レゾンデートル”に狙われているのはランクAハンターらしい。静子にも注意喚起しておくべきだろう。
「そういえばさ、最近、犯罪クランにランクAハンターが狙われてるんだって? 静子ちゃんも気を付けてくれよ」
「気を付けると言っても、元々命を賭けて戦うお仕事だからねえ」
静子は苦笑した。
僕としてはそもそもハンターなんて危険な仕事は辞めてくれと言いたいところだが、静子からすると僕にハンターを辞めて欲しいみたいなので、言っても平行線になるだけだろう。
それに、今日の本題は他にあるのだ。
「それで? 他に何か言いたいことがあるんじゃないの?」
「……」
見抜かれていた。
少し切り出しにくいが、静子との関係を上手くやっていくなら避けては通れない話題だ。
「
「なんだ、そのことかあ」
静子はあっさりと肯定した。
「黙っていたのは悪かったと思ってるよ? でも、いくらハガネくんが相手でも、仕事で得た機密情報を話すことはできないよ」
「それは……そうなんだけどさ……」
プロフェッサー曰く、10年前の大規模ダンジョン災害は、
僕と静子は幼馴染だ。
大規模ダンジョン災害を共に乗り越え、肌を重ねて寂しさを紛らわし、互いの半身のように生きてきた。
静子の言うことは正しいが、だからといって大規模ダンジョン災害に関わる情報を伏せられていたのは何だかモヤモヤする。
「こーら、拗ねないの」
静子は笑うと、僕の上にまたがるように覆いかぶさり、軽く口付けてきた。
僕もそっと静子を抱きしめて応じる。
「別に拗ねてるわけじゃないさ」
「ホントかなー?」
互いにクスクスと笑いながら、温もりを交換しあう。
しかし、
何か自分の中で憎悪とも殺意ともいえない何かが渦巻くのが分かる。
静子が耳元で囁いて注意してきた。
「ダメだよ、ハガネくん。変なこと考えてるでしょう」
「そういうわけじゃないけど……。静子ちゃんは怒ってないの?」
静子の家族は健在だが、それでも大規模ダンジョン災害の時に友人が亡くなっている。
なんとも思っていない訳がないのだ。
「もう10年も前のことだよ。前を向かなくちゃ。ハガネくんは、自分が誰かに怒っている姿を、スチルちゃんに見せられるの?」
静子の声色には若干の諦観があったが、本音のように聞こえた。
確かに、復讐に駆られて怒り狂った姿をスチルに見せられるかと聞かれれば、答えは否だ。
僕は怒りを鎮めることにした。
僕が会う機会は来ないだろう。
◇◇◇
静子の家から帰る途中、道に迷ってしまった。
普段から通り慣れている道のはずなのに、何故だか道が思い出せない。
ふらふらと歩いていると、やがて漆黒のダンジョンゲートに行き着いた。
黒猫が嗤っている。
「さあ、人間、お前の素質を見せるのです。これも神の試練にゃのです」
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