第38話 女神との交わり
「全ては、人間の祈りから始まったのです」
バステトと共にダンジョンに飛び込んで、僕は戸惑った。
僕を鍛えられるために与えられたバステトの試練。また凶悪な試練が与えられるのかと思っていたが、それにしては魔力濃度が極端に低い。
薄暗い洞窟のような作りは、慣れ親しんだ低ランクダンジョンの風景だ。
――というか、ランクEダンジョンじゃないのかこれ。
バステトはなおも嗤い、語り続ける。
「お前たちが英雄を求めた。
バステトの語りに耳を傾けながら、僕は何か身体に違和感を覚えていた。なんだか力が入らない。
「たまたま与えられた
バステトにここまで言われてようやく気付いた。
これは制限ダンジョンだ。デバフ・テンポラリーカードが付与されている!
【名前】バステトの試練
【ランク】A
【カテゴリ】パッシブスキル・テンポラリー・制限
【効果】
ユニーク、神性、制限以外のカテゴリのカードは全て無効化される。
手持ちのほとんどのカードを無効化する制限カード!
僕は慌てて自分のステータスウィンドウを確認する。
【名前】上杉ハガネ
【ランク】E
【攻撃力】20
【防御力】20
【速度】20
【感覚】20
【魔力】5
【幸運】0
【デッキ】1/1
自分のステータスが初期値になっていることを確認した瞬間、耳障りなモンスターの鳴き声が響いた。
「ギギ、ギギギギギギギ」
魔力の気配で分かる。
僕はカードの効果を無効化された状態で、数百体のゴブリンに囲まれていた。
久しぶりに感じる濃厚な死の気配。
「テトちゃん」
「にゃんです? 逃げ出すことは許さにゃいのですよ、人間」
バステトの口は三日月のように裂け、邪悪な笑みを浮かべている。
ああ、バステトにとっては、僕が死んでも死ななくてもどちらでも良いのだ。永劫にわたる果てしなく長い年月の中で、たまたま生まれた珍しい個体に目をかけているに過ぎない。
手駒は欲しいが、壊れたらそれまでということ。
「逃げないよ。こんな簡単な試練で良いのかなと思ってさ」
「え?」
バステトが呆気に取られた。
僕は不敵に笑う。自慢ではないが、死地に赴くのだけは得意なのだ。
「1時間で終わらせる。ちょっと待っていて」
◇◇◇
「……かっこ悪ぅ」
恥ずかしくて穴があったら入りたいところだった。
ゴブリンを全滅させるまでに1時間どころか6時間かかった上に、全身で無事なところが1つも無い。
僕は四肢が折れ曲がった状態で壁によりかかって座っており、ギリギリ倒れ伏すのを回避していた。
――テンションが上がった時に啖呵を切るクセは治そう。
僕は固く決意した。
頑張って試練を乗り越えた僕を指差して、バステトは大笑いしていた。
「”1時間で終わらせる”。にゃははははははははは!」
「…………」
何か言い訳をしようかと思ったが、全身に激痛が走って喋るのも億劫だった。
「ハガネ、お前は本当に最高にゃのです。お前は、正しく狂っているのです。お前か、お前の子孫なら、いつか届き得るかもしれにゃいのです」
どうやら神様のお眼鏡にかなったようだった。
ところで、そろそろダンジョンの外に出してくれないと、痛みで朦朧としてきたんですけど……。
「ああ、
僕は制限ダンジョン突入時に、デバフ・テンポラリーカードの「バステトの試練」と同時にバフ・テンポラリーカードの「性愛の女神の権能」も得ていた。
ちらりとテキストは読んだが、今回の戦闘では関係なさそうだったのですっかり忘れていた。
【名前】性愛の女神の権能
【ランク】S
【カテゴリ】パッシブスキル・テンポラリー・神性
【効果】
神性たち、もしくは恋人たちとの絆が深まるほどに祝福を受ける。
あまりにも曖昧なテキストのカードなので、
「
――交わる?
僕が戸惑っていると、バステトはするりと衣服を脱いだ。
猫の耳と尻尾がついている以外は、何一つ身につけていない姿。
褐色肌の神の裸身は、信じられないほどに美しい造形をしている。
「ああそうだ、せっかくにゃので、お前がノれるように、お前好みの姿の化身を増やしますか。多数との交わりの良さを識っておけば、お前も沢山の女性を侍らすのに乗り気ににゃるかもしれにゃいですから」
バステトがパチンと指を鳴らすと、バステトが複数人に分身した。
いや、猫耳と猫尻尾がついて褐色肌なのは共通しているが、それぞれの化身の似姿はバラバラだった。
それは姫香に似ている姿をしていたり、シュクモが成長したような姿をしていたり、初恋の頃の静子の姿をしていたり、僕と付き合っていた頃の今より幼いレティーシャの姿をしていたり、とにかく、色々な知り合いの女性の裸身だった。
僕はバステトから目を離すことができない。
「にゃるほど、こういう姿が好みですか」
血を流しすぎて目眩がする。
だと言うのに、命の危機を感じて本能が子孫を残そうとしているのか、僕のモノは膨張していた。
死が近い。
全てが曖昧で、現実か夢かも分からなくなってきた。全てをバステトに委ねることにする。
艶めかしい褐色肌のバステトたちが、動けない僕にゆっくりと覆いかぶさってきた。
「テトちゃん、お手柔らかに頼むよ」
「任せるのです。まあ人型の姿で交わるのは初めてですが、にゃんとかにゃると思うのです」
それ本当に大丈夫なやつ?
◇◇◇
「テトちゃーん、いい加減に機嫌直してよー」
コトが済み、僕の怪我は完全に回復していた。これが「性愛の女神の権能」の効果によるものなのか。
ダンジョンの隅っこで震えて固まっている何人ものバステトが、僕に声をかけられてびくりと怯えると、フシャーと威嚇を始める。
「近寄るにゃです! お前マジで変態にゃのです! ふ、不敬! 不敬にゃのです! 神にあんにゃ色々にゃコトするにゃんて信じられにゃいのです!」
傷が治ってからは僕なりにバステトに悦んでもらおうとしたのだが、見事に裏目に出たようだった。
それにしても、傷が治った以外では特に変化が無い。「性愛の女神の権能」の恩恵はこれだけなのだろうか?
「テトちゃん、”性愛の女神の権能”って傷が治るだけなの?」
「ステータスも上がってると思うのです!」
バステトは怒り気味だったが律儀に答えてくれる。
【名前】上杉ハガネ
【ランク】E
【攻撃力】22
【防御力】22
【速度】22
【感覚】22
【魔力】7
【幸運】2
【デッキ】1/1
「ホントだ、ステータスが2上がってるね」
「当然にゃのです! 神とあれだけ縁を結べば2億ぐらい上がるに決まって……2ぃぃぃぃぃ!?」
バステトが飛び上がってステータスウィンドウを覗き込んできた。わなわなと怒りに震えながら、ステータスウィンドウと僕を交互に見つめる。
「お前、まさか、あれだけしておいて
僕はゆっくりと目を逸らした。
絆を感じるかと言われれば皆無と言っても過言ではない。
バステトの発言はなんだか含みが多く、事態が変わったらすぐにでも僕を切り捨てそうな感じがするのだ。
とにかく、「性愛の女神の権能」の”絆が深まるほどに”という一文は、肉体的接触だけだと効果は薄そうだ。”恋人たち”というくだりも何だかモヤモヤする話で、僕は運命の1人と添い遂げたいと思っている一途な男なので、この効果は使いこなせそうにない。
「にゃんだか”僕は一途な男だ”とか誤った自己評価してそうな表情がマジむかつくのです……」
どんどんバステトの怒りのボルテージが上がっていくため、神様をこれ以上怒らせないうちに僕は帰宅することにした。
ちなみに試練で死にかけたのも辛かったが、帰ってからも散々だった。
大量の黒猫と化したバステトに「あんにゃ! あんにゃこともしたのに!」と罵られ全身を引っかかれながら帰宅すると、既に朝になっていたのだ。
そこにはシュクモが「お早いお帰りでございますね」と笑顔で待ち受けており、淡々と女子小学生からの説教を受け続けることになったのであった。
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