第17話 忍び装束の少女

 僕はカード・プロフェッサーに捕まり、部屋に連れ込まれていた。


「その、あなたは本当にカード研究クランのクランマスターで、たまたま紛れ込んだ中年男性の不審者ではないってことですね?」

「失礼なやつだな貴様。吾輩、こんなに失礼な態度を取られたのは三十分ほど前に訪ねてきたクランメンバー以来である」

「クランメンバーにも疑われてるんじゃねえか!」


 はっ、思わず声を荒げてしまった。

 僕はとにかく用件を済ませることにした。


「四季寺の件で、何か気になることがあるって聞きましたけど」

「ああ、簡単な調査である。上杉ハガネ、現代のハンター同士の戦闘で、なぜ暴行や傷害の罪が成立するか分かるかね?」

「なぜって……」


 被害者を見れば分かるのでは?と思いながら、自分の体を見下ろして、気付く。


「貴様、無傷ではないか」


 言われてみればその通りであった。

 むしろ結果だけ見れば四季寺のほうが被害が大きいにも関わらず、四季寺が捕まり、僕は無罪放免となっている。つまり、事件の詳細が正しい形で全日本ハンター連盟に伝わっているのだ。


「何らかのスキルカードによって調査されている……?」

「貴様、話が早くて助かるな。そう、全日本ハンター連盟は、吾輩のような過去視のカードを持つハンターたちを確保している」


 そういってプロフェッサーはこちらにユニークカードを見せてくる。


【名前】悪魔の暴露

【ランク】B

【カテゴリ】アクティブスキル・ユニーク・解析

【効果】

 対象の過去を読み取る。


 興味深い話だった。

 僕は一人でダンジョンに潜っていた期間が長く、デッキ枚数上限も一枚しかない。カードの知識を仕入れる必要が無かったため、他のハンターが使っているカードのことはほとんど知らない。星辰天せいしんてんが寝物語にカードのウンチクを語ってくれたこともあったが、大体すぐに寝てしまってあまり覚えていなかった。


 ――今後は姫香もいることだし、少しずつ勉強していかないとな。


 決意を新たにしていると、プロフェッサーが息を荒げてこちらに迫ってきた。


「さあさあさあ、分かったなら今すぐ同意書にサインを書きたまえ。無許可で人間に過去視を使うのは禁止されているのでな。全く、不便な決まりごとである。ハア、ハア、ハア」

「…………」


 僕はハン連がプロフェッサーの手綱を握っていることに感謝しながら、過去のダンジョン探索情報を過去視することの同意書にサインをする。


「アクティベート、”悪魔の暴露”。対象、上杉ハガネ」


 サインをするやいなや、食い気味にプロフェッサーのユニークカードが発動する。


「おお、おお、おお、見える、見えるぞ。ハア、ハア、ハア。なるほどなるほど、超回復と超速度はそういうことだったのであるか。実に興味深い。もっと、もっと、見せてみろ! ああ、吾輩、大変に興奮してきたのである! なんだこれは、素晴らしい!」


 プロフェッサーは虚空を見つめ、息を荒げながら何かしらブツブツ言っていたが、突然スンと無表情になるとこちらを向いた。


「上杉ハガネ、貴様ド変態であるな?」

「あんたに言われたくは無いんだよ!」



 ◇◇◇



「四季寺の件はまあ分かったのである。やはりテンポラリーカードを主軸にしたビルドか。テンポラリーカードの消失を防ぐカードは初めて見るが、デッキ外領域を利用するハンターに前例が無いわけではない。しかしだな」


 プロフェッサーは危険人物を見るような目で僕を睨んだ。


「全ステータスが20程度のハンターが、一人で十年間もダンジョンに潜り続けてきたのは異常である。一回潜るだけでも命がけの行為だぞ。事実、軽く百回以上は死にかけているではないか。上杉ハガネ、貴様、全身に怪我を負いたいド変態か? それとも死にたいのであるか?」

「勝手に人の十年間を見ないでくれます?」


 話を逸らそうとしたが無駄だった。

 プロフェッサーはこちらの表情を見ただけで何かを察する。


「ああそうか。生きてもよいし、死んでもよいのであるな、貴様は。上杉ハガネ、貴様、ハンター死亡時の補償保険に入っていたな。受取人は上杉スチル。つまり、たまたま生存して妹を養えるも良し、死ねば保険金で養えるので良しという訳か」

「……それに何か問題でも?」


 意図を見通されて、じんわりと嫌な汗が出てくる。

 実のところ、完全に図星だった。十年前、才能が無かった僕がそれでもハンターを志したのは、死亡時の家族への補償の手厚さを聞いていたからである。スチルが入院している病院も全日本ハンター連盟経由で紹介してもらった場所で、これもハンターになったメリットと言える。


 ハンター死亡時の保険金は、自殺では支払われない。ランクが上がらないままダンジョンに潜り続ける行為は、ギリギリの綱渡りだという自覚はあった。


 しかし、プロフェッサーは不正ギリギリの行為を咎める気は毛頭無いようだった。

 それどころかプロフェッサーは喜色満面で歓声を上げた。


「まさか! 吾輩、貴様のような死を恐れない肉壁タンクを求めていたのである! 喜べ上杉ハガネ、吾輩が仕事を融通してやろう!!」

「僕のような防衛役タンクを求めていた……!?」


 参った。僕はこういう正面から求められる行為に弱いのだ。認められた気になってしまう。

 それに全日本ハンター連盟の公認クランからの仕事だ。稼ぎも良いだろう。僕は快く承諾した。


「プロフェッサー。僕、頑張ります」

「うむ、良い心意気である。早速だが、肉壁タンクとしての性能を検証したいのである。シュクモ、シュクモはいるか?」


 プロフェッサーが虚空に問いかけると、いつの間にこの空間に潜り込んだのか、僕の真横から少女の声がした。


「はい、お父様。わたくしめはここでございます」


 驚いて真横を見ると、青みがかった髪の、十歳ぐらいの少女が背筋を伸ばして立っていた。

 忍び装束のような真っ黒な服を着ていて、首から下は肌の露出が一切無い。

 シュクモと呼ばれた少女は、ペコリとこちらに頭を下げた。


「初めまして、ハガネ様。私めは松本まつもと呪蜘蛛しゅくもと申します。松本まつもと識蜘蛛しきくもの娘でございます」

「ああ、これはどうもご丁寧に。僕は上杉ハガネ……プロフェッサーの娘ェェェェ!?」


 驚愕し、僕は信じられないものを見る目でプロフェッサーのほうを見た。


「プロフェッサー、まさか女児を誘拐して娘を名乗らせて……?」

「貴様、吾輩を何だと思っているのかね!?」


 どうやら本当に娘らしい。

 プロフェッサーはコホン、と軽く咳をすると、シュクモを呼んだ理由を説明した。


「まあいい、上杉ハガネ。貴様には今からシュクモと軽い模擬戦をしてもらう」

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