第13話 任せておけ

 薄暗い洞窟のようなランクDダンジョン。

 その奥深くで声をかけてきたのは四季寺だった。

 喫茶店で姫香とひと悶着あった、赤髪のランクCハンターだ。


「四季寺? なんでこんなところにッッッッ!?」


 背中に灼熱のような痛みが走る。

 振り返ると、四季寺の仲間のハンターが長剣を振り下ろした姿が見えた。


 ――斬られた? 何故?


 僕の背中からとめどなく鮮血が溢れ出る。

 混乱しているうちに、今度は他のハンターの『ファイアボール』が僕の左腕に直撃した。

 明らかにランクC以上の攻撃力を備えた火球は容易に僕の防御力を貫き、気が狂いそうな痛みを持って左腕が燃焼する。


「ヅァァァァァ!?」


 とにかく回避行動を取らねばならない。

 全力で四季寺とは逆方向に駆けようとしたところで、四季寺の哄笑が響いた。


「バァァァァァカ!! トリガーカード、発動! ランドマイン!」


 【名前】ランドマイン

 【ランク】C

 【カテゴリ】トリガースキル・爆発

 【発動条件】攻撃対象が指定位置に触れた時

 【効果】

 指定位置が爆発する。


 突如、僕の足元が爆発した。

 右足が焼けただれ、バランスを崩し、もんどり打って倒れる。

 声にならない悲鳴を上げ、激痛で全身から脂汗が流れる。

 それでも僕は姫香に指示を出した。


「逃げろ! 姫香ちゃん!」

「ハガネさん!」


 姫香はすでにこちらに向かって駆けてきていた。

 パーティのハンターとして、仲間をサポートするための最善の行動。

 しかし、それも四季寺に読まれている。


「ハッ、逃がすかよ。トリガーカード発動。バインドシャドウ」


 【名前】バインドシャドウ

 【ランク】C

 【カテゴリ】トリガースキル・拘束

 【発動条件】攻撃対象が指定位置に触れた時

 【効果】

 攻撃対象を拘束する。


「キャッ!」


 姫香が踏み込んで触れた地面をトリガーとして、『バインドシャドウ』が発動した。

 縄の形状をした影が姫香の周りをぐるぐると囲い、一気に縛り上げ、拘束する。


 あらかじめ発動条件を定めた罠を仕込むトリガーカード使い!

 戦いが始まってからほんの数秒で、僕と姫香は完全に無効化された。



   ◇◇◇



「さーて、アイドルちゃんは後で楽しむとしてよ。まずは上杉、お前にお礼しないとな。オラッ! オラッ! このクソ野郎がッ!!!」


 四季寺は喫茶店での件を根に持って、ここまでのことをしでかしたようだった。

 左腕と右足の自由を失い、どくどくと血を流し、地面に倒れているしかない僕を、四季寺は何度も蹴りつける。


「ガッ!? ガアッ!?」


 ――ああ、これは死んだな。


 蹴りつけられるたびに、体のどこかが壊れていくのが分かる。

 僕の防御力が全く意味をなさずダメージを受けることから、四季寺のステータスが僕の十倍以上あるのも分かった。

 周りには四季寺の仲間たちが二十人以上いて、なすがままにボロボロにされている僕を嘲笑っている。


 ――まあいいさ。良くやったほうだ。


 安全攻略基準を満たさないステータスでダンジョンに潜る日々。

 元々どこで死んでもおかしくはない十年間だった。

 いや、そもそもあの大規模ダンジョン災害を生き残ったのが間違いだったのだ。


 払うべきツケがついに回ってきたのだと、ようやく僕は理解して、静かに目を閉じ、


「やめてください! 何でも言うことを聞きます! ハガネさんに手を出さないでください!」


 その声を耳にした。



   ◇◇◇



 男たちの下卑た視線が一斉に姫香を貫く。


「何でも言うこと聞くってよ」「じゃあまずは裸土下座じゃね!」「いいね、おい、とっとと脱ぎな」


 姫香を縛っていた『バインドシャドウ』が解かれる。

 男たちの要望に姫香は青ざめ、それでも毅然とした態度で装備カードを解除していく。

 装備カードが解除されることで元々着ていた制服姿になった。姫香の制服姿を見て男たちが囃し立てる。


 そのまま姫香は制服を脱ごうと、震える指先でボタンを一つ外し、二つ目を外し、泣き笑いの表情でこちらを見た。


「ハガネさん、喫茶店でのお話、覚えていますか?」


 忘れるわけがなかった。あの時、姫香はこう言ったのだ。


”ハガネさんに何かあった時に、ハガネさんを守れる私になりたいと、そう思っています”


 あの時の誓いを守るために、こんな何の価値も無いくだらない男を守るために、姫香は今、犠牲になろうとしている。


 ――でも、それだけだったろうか? 姫香はこうも言っていなかったか?


”私は、ハガネさんが弱いとは思っていません。ハガネさんは私に何かあったら私を守ってくれる人だと、そう思っています”


 そうだ、どうして忘れていたのだろう。

 僕らはパーティなのだ。互いに守り合うと約束した仲間。

 僕自身の命を諦めることは出来ても、姫香のことを諦めることだけはしてはいけないのに。


 体に熱が灯った気がした。

 考えろ! 考えろ! 考えろ!

 なにかを致命的に見逃している。そうだ、喫茶店での話。あの日、姫香は確か――!


 あたりを見渡して、それを見つけて、僕は不敵に笑った。

 姫香が稼いでくれた時間。その『HP常時回復』の時間によって、喋れる程度に回復している。


「姫香ちゃん。こんなしょぼい蹴りしか出来ない男の言うことなんか聞かなくていい」

「アアッ!? 今なんて言ったてめえ!!!」


 僕の挑発を受けて、四季寺が激昂した。

 四季寺の右足に全力の魔力が込められる。今までのは遊びだったのではないかと言うぐらい、殺気が宿った一撃。


 声を出すことすら出来なかった。

 四季寺の蹴りを受け、数十メートル吹き飛び、壁にぶつかり、轟音とともに全身の肉と骨がひしゃげる。

 右手以外、全身に無事なところはどこにもない。

 しかし、それでいい。この位置だ。この位置が良かった。


「あーあ、殺しちまったか」

「いや、まだ息あるみてーだぞ。つーか何か持ってないかあれ?」

「しつけえな。おい、ファイアボール投げちまえよ」


 動けない僕に向かって、一切の容赦なく五発のファイアボールが飛んでくる。


 それを見て、僕はに力を込めた。

 この場所にいたサトリモグラを捕まえるため、僕はあえて四季寺に蹴り飛ばされたのだ。サトリモグラは攻撃の意思を悟る。四季寺によって蹴られて飛んできた僕には攻撃の意思はなく、それ故にサトリモグラは僕を避けきれない。


 そう、あの日、喫茶店。姫香は『使用回数回復』のドロップについて確かにこう言っていた。


”ハガネさんの人を助けようとする善行を神様が見て、ご褒美をくださったんだと思います!”


 だったらもう一度よこせよ、神様。

 押しが強くて、自信家で、でも仲間思いの少女が、今後も笑顔で生きていくためのテンポラリーカードを、今ここでよこせ――!


 僕の握力によって潰されたサトリモグラが光の粒子となって拡散し、テンポラリーカードをドロップする。

 寒気がした。何か冒涜的なものを自身に取り入れた感覚。それと同時に、全てのファイアボールが僕に着弾した。



   ◇◇◇



「……あるとは思っていた」


 無傷で立ち上がった僕の姿を見て、四季寺が瞠目する。


「なぜだ? なぜ生きている?」


 僕は四季寺の問いに答えない。


「僕のユニークカードがテンポラリーカードの消失ルールを否定するように。あるはずなんだ、同ランク同名カード累積不可のルールを否定するカードが」


 【名前】累積する百歩

 【ランク】C

 【カテゴリ】パッシブスキル・永続・ステータスアップ

 【効果】

 ランクC以下の同ランク同名カードの効果は、1種類につき100枚まで累積する。

 この効果はパッシブスキルにのみ適用される。


 同ランク同名カードの効果を累積させるテンポラリーカード。

 つまり、ランクE・攻撃力アップ×34枚、ランクE・防御力アップ×28枚、ランクE・速度アップ×31枚、ランクE・感覚アップ×18枚、ランクE・魔力アップ×8枚、ランクE・幸運アップ×16枚、ランクD・攻撃力アップ×64枚、ランクD・防御力アップ×52枚、ランクD・速度アップ×44枚、ランクD・感覚アップ×28枚、ランクD・魔力アップ×31枚、ランクD・幸運アップ×14枚、


 その全てが累積する!


 同時に、数十枚のランクD・『HP常時回復』とランクE・『HP常時回復』による規格外の超回復が、僕の全身を完全に回復させた。『HP常時回復』によって消費されたMPは『MP常時回復』によって即座に補填される。


 そうして僕は拳を握りしめた。ただ姫香を守り抜くための拳を。


「ハガネさん! ハガネさん! ハガネさん!!!」


 姫香の感極まった叫びに、僕はただ一言応えた。


「任せておけ」


 【名前】上杉ハガネ

 【ランク】C

 【攻撃力】3560

 【防御力】2900

 【速度】2530

 【感覚】1600

 【魔力】1635

 【幸運】720

 【デッキ】1/1

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