第14話 vs四季寺秋三

   ◇◇◇ 「四季寺しきでら秋三しゅうぞう」視点



「なぜだ? なぜ生きている?」


 上杉ハガネは十年もの間、ランクEのままランクが変動しなかった男だ。

 四季寺が連れてきたハンターは全員がランクD以上、中には四季寺と同等のランクCハンターもいる。

 一つのファイアボールの時点で致死ダメージのはずなのだ。四季寺としては、死体焼却を兼ねて気軽に放った火球だった。


 だが、五発のファイアボールを受けたはずの上杉は無傷で立っている。


 ――無傷?


 それはおかしい。『ファイアボール』と『ランドマイン』で焼いて遊んでやったあと、散々蹴りつけたのだ。十倍以上のステータス差でそんなことをすればどうなるのか、四季寺は充分に理解した上で楽しんだのだ。


「上杉、てめえ、本当に何をしやがった?」


 上杉は再度の問いにも答えず、無言のまま、四季寺の視界からかき消えた。


「……は?」


 突如、新城姫香の傍にいた二人のランクDハンターが地に沈んだ。そこには消えた上杉の姿があった。上杉は新城姫香を抱きかかえると、またも一瞬で姿を消す。理解が追いつかない。何が起きている?


「姫香ちゃん、少しだけ待っていてね。すぐ終わるから」


 声がしたほうを見ると、上杉ハガネと新城姫香は、いつの間にか四季寺から離れた場所に立っていた。


 徐々に状況を理解し始める。こいつは新城姫香を避難させたのだ。そして”すぐ終わる”とほざきやがった。ランクEハンターの上杉ハガネが、ランクCハンターの四季寺秋三を相手に、”すぐ終わる”とほざきやがった!!


「殺す!!!」


 ――くだらねえ手品だ。


 ダンジョン内ではデッキは固定され、編集することが出来ない。ステータスが変動することも無ければ、相手の弱点に合わせてデッキを変更するメタビルドも不可能なのだ。唯一の例外はテンポラリーカードだが、その効果は微量で、ハンター同士の戦闘力に影響することはあり得ない。


 負傷が回復したこと、瞬時に移動したこと、以上の二点から、上杉ハガネはデッキ内にヒール系、瞬間転移系のカードを組み込んでいる。

 先ほどの『ファイアボール』と『ランドマイン』のダメージ量から見て、防御系ステータスカードはほぼゼロに近いだろう。


 対ハンター戦の基礎中の基礎、戦闘で得られた情報からの相手のデッキビルドの逆算。至極当然の手順で相手の戦力を予想した四季寺は、しかし、それゆえに、規格外のハンターを相手にしているという事実に気付くのが遅れた。


「ハアアアアアアッ!」


 仲間のハンターが長剣で上杉に斬りかかった。同時に他のハンターが短剣や斧を構えて様子を見る。

 そうだ、それでいい。やつが瞬間転移系を使うなら、『瞬間転移』使用直後のクールダウンが間に合わないタイミングで追撃すればいい。


 しかし、上杉は長剣を避けなかった。

 長剣が直撃し、ガキンと音が鳴り、長剣がへし折れる。

 上杉はそのまま何事も無かったかのように長剣で斬りかかったハンターを殴りつけた。ランクDハンターでは捉えきれなかっただろう高速の殴打が直撃し、長剣のハンターは吹き飛び、壁にめり込み、糸の切れた人形のように崩れ落ちる。


 それを見て、その場の全員が静まり返った。

 なんだ? 俺たちは一体何を相手にしている?


「ひっ」


 誰かが悲鳴を上げた。

 絶対に敵わない化け物と戦っていることに気付いてしまった者の悲痛な叫び。

 その悲鳴をきっかけにして、ハンターたちが散り散りに逃げ出す。


「うわあああああっ、ギャッ!」「やめろ、やめてくれ、グェ!」「ひいいいいいい、ゴッ!?」


 轟音。轟音。轟音。

 逃げ出そうとしたハンターたちが次々にやられていく。ある者は地に沈み、ある者は天井まで吹き飛び突き刺さり、ある者は壁まで吹き飛びされ埋め込まれる。

 その惨状を見て、ようやく四季寺は自分の判断の間違いに気付いた。これは『瞬間転移』では無い!

 圧倒的な速度ステータスによって成される、ただ純粋な高速移動!


 ――だったら、それでもやりようはあるだろうが。


 四季寺は冷徹に仲間がやられていくさまを眺めた。

 一人、二人と順にやられていくのを見送りながら、正確にタイミングを刻み始める。

 そして、仲間の一人が上杉に腹部を殴られたタイミングで、自身をランクCハンターたらしめたエースカードを発動した。


 ――そこだ。


「死ね! トリガーカード発動! ランドマイン!」


 【名前】ランドマイン

 【ランク】C

 【カテゴリ】トリガースキル・爆発

 【発動条件】攻撃対象が指定位置に触れた時

 【効果】

 指定位置が爆発する。


 攻撃対象は上杉、指定位置はもちろん味方のハンターである。

 味方が殴られていくのなら味方ごと爆破すればいいのだ。完璧なタイミングで発動したトリガースキルは、目論見通りに味方と上杉を巻き込んで爆発した。


「ギャハハハハハハ! ざまあねえな!」


 さきほどの遊びで放ったものとは威力の違う、全力の『ランドマイン』。もちろん長剣とは比較にもならない大火力である。上杉の防御力なら一撃で粉微塵……のはずだった。


「……有り得ねえ、有り得ねえ、有り得ねえ」


 上杉はなお無傷で立っていた。

 おかしい、計算が合わない。致死量のダメージを即座に回復する超回復、こちらの感覚値では捉えきれないほどの超速度、ランクCハンターが一撃で戦闘不能になる攻撃力、全力のトリガースキルに耐えきる防御力、その全てが四季寺の理解の範疇を超えている。


 矮小なネズミが、虎の尾を踏んだかのような感覚。


 恐怖で視界がぐにゃりと曲がり、助けを求めようと周りを見渡し、そこでようやく、自分以外のハンターが全て倒れていることに気付いた。気付いてしまった。


「ま、待ってくれ、グボッ!?」


 腹部に走る激痛。四季寺の防御力を容易に上回る拳が、深々と突き刺さっていた。

 胴体に穴が空いていないことに感謝しながら、必死に四季寺は生き残る手段を考える。

 怒らせてはいけなかった。手を出してはいけなかった。媚びなければいけなかった。


 四季寺はヘラヘラと愛想笑いを浮かべた。


「すまねえ、許し、グエッ!?」


 今度は右肩に拳が突き刺さり、骨がメシメシと悲鳴を上げる。

 そこで四季寺が感じたのは恐怖だった。なぜか自分は死んでいないという恐怖。手加減されている。


「た、頼むよぉ……ガハッッ!」


 ――遊ばれている。嬲り殺される。


 四季寺にとって不幸だったのは、他者に悪意を持って接してきたがゆえに、相手に悪意が無いことに気付けなかったことだ。

単純に、殺さないように手加減されているということに気付かないまま、嬲り殺されると信じ込んだまま、四季寺は気絶するまで殴られ続けた。



   ◇◇◇



「ふー」


 四季寺が気絶したのを見届けて、ようやく僕は一息ついた。

 全力で殴ったら死んでしまうと思って手加減したのだが、時間をかけてしまってなんだか悪いことをしてしまった。


「ハガネさん!」


 制服姿の姫香が抱きついてきた。ふくよかな胸の感触。

 姫香の黒いダイヤのような美しい瞳と見つめ合う。

 僕が殺されかけた時に、身を挺して助けようとしてくれた少女。

 お互いの中に、確かに、なにか燃えるような感情が生まれている。

 そのまま姫香は目を閉じ、小さくて柔らかそうな唇をこちらに突き出し、


「痛あっ」


 姫香の額を軽くデコピンした。

 油断してラブシーンをしている場合ではない。


 僕は周りを見渡し、ため息をついた。

 まずはダンジョンを脱出した後、警察と全日本ハンター連盟に通報だ。

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