第8話 降りかかる火の粉

 全日本ハンター連盟の本部ビルは旧新宿駅の目の前にある。

 十年前の大規模ダンジョン災害によって苛烈な被害を受けたこの地域は、今もまだ高密度の魔力が漂うダンジョンゲート頻出出現区域になっている。

 ご近所にたくさんダンジョンが出るので、ハン連本部もこの辺に置いたほうが便利ですよねってことなのだ。


 今日はそんな全日本ハンター連盟の本部ビル1F喫茶店で待ち合わせをしていた。

 迷惑系(主に僕に対して)ユーチューバーのレティーシャ・パーネル経由で連絡を取ったところ、この喫茶店での待ち合わせを打診されたのだ。

 店に入ると、待ち合わせ相手の嬉しそうな声が響いた。


「あ、ハガネさん! こちらです!」


 黒髪ロングの清楚系美人が楽しそうにこちらに手を振っていた。

 そう、アイドル休業中の新人ハンター、新城しんじょう姫香ひめかである。

 僕は彼女とパーティを組む気は無いということを伝えるため、今日はご足労願ったのだった。


「こんにちは、新城さん」

「こんにちは! 新城さんだなんて他人行儀です。あの時は姫香ちゃんって呼んでくれて、抱きしめてくれたじゃないですか」


 きゃーと両手で頬を抑えてもじもじする姫香。


「やれやれ。言葉は慎重に選ぶんだな、姫香ちゃん。僕が君を抱きしめたことが噂にでもなってみろ。死ぬぞ、僕が」

「なるほど。つまり二人だけの秘密ってことですね!」


 またしても、きゃーと両手で頬を抑えてもじもじする姫香。

 今日呼び出した僕の意図が全然伝わっていない可能性があった。これははっきり言っておく必要がありそうだ。


「今日の待ち合わせの用件については、薄々感づいているだろうけど……」

「はい! ハガネさんと私でパーティを結成するんですね?」

「全然違うよ! 僕は君と組まないという話をしに来たんだ!」

「えー、なんでですか? 困ったことがあったら頼って、遠慮なく言ってくれっておっしゃったのに……」


 姫香が恨みがましい目でこちらを見る。似たようなやり取りを前にもしたような……。


「まずは僕のツイッターの通知を見てくれ」

「たくさんリプライが来てますね」


 姫香は他人事のように言った。

 レティーシャと姫香のライブ配信以降、僕のツイッターは大炎上していた。

 二十代の女癖が悪い男に女子高生アイドルが騙されている、といった文脈のリプライが沢山来るのだ。


「僕は悲しい。こんなに炎上したのは二ヶ月前にタックルラビット討伐動画をアップロードした時以来だ」

「けっこう最近ですね」

「君は女子高生ハンターとして世間からちやほやされているのに、僕は女子高生ハンターとして世間から叩かれてるんだぞ!」

「……?」


 姫香は可愛く小首をかしげた。全然伝わらなかった。

 ちなみに前者は女子高生のハンター、後者は女子高生をハントする極悪人という意味である。

 軽口の応酬をしたあと、でもですね、と姫香は真剣な表情をして言った。


「世間がどうこうじゃなくて、これは私とハガネさんの問題じゃないですか? 私はハガネさんが好き、ハガネさんは私を好き、だからパーティを結成して一緒に日々を過ごしていく。それだけのことじゃないんですか?」


 姫香の真剣な眼差しを受けて、僕は猛省した。

 確かに僕と姫香の問題に、世間がどうこうを持ち出すのは良くなかったかもしれない。いや、待て。


「別に僕は君に恋愛感情を持っていないよ!」

「騙されませんでしたか」


 好きあった男女が世間の反対を押し切ってパーティを結成するみたいな話になるところだった。油断も隙もない。


 僕としては、とにかく世間の悪評を早い段階で払拭しておきたかった。ランクEでもどうにか日々の暮らしをやっていけてるのは、静子を始めとして色んな人に協力してもらっているからだ。信頼というのは重要な資産なのである。

 特に静子は怖い。前回僕が女性関係でいざこざを起こした時、静子は一週間ほど口を聞いてくれなかった……。


 それに、出る杭は打たれると言う。目立つことで余計な恨みを買った時に、降り掛かってくる火の粉を払う力はランクEの僕には無い。

 例えば、


「おいおい、ランクEのおっさんがアイドル侍らせて何遊んでるんだよ。調子乗ってんのか?」


 こういう感じの火の粉だ。



   ◇◇◇



 僕と姫香が話している二人席に、頭を赤く染めたガラの悪い若い男がいつの間にか近寄ってきていた。

 見覚えのある顔だった。確か若くしてランクCに上り詰めたハンターだ。名前は四季寺しきでらとかいったか。


「えーと、すまない、うるさかったかな? そろそろ出るから許してくれないかな」


 なるべく穏便に済ませたい。僕は愛想笑いを浮かべてヘラヘラと謝った。

 僕のその姿を見て四季寺はハッと鼻で笑った。


「情けねーの。カッコわりぃ。アイドルちゃんもさあ、こんなカッコ悪い男じゃなくて、俺と遊ぼうぜ? ランクEのロートルなんてカスだよ、カス」


 四季寺は姫香のほうに顔を近づける。

 赤髪の男の誘いに、姫香は笑顔で答えた。


「たとえランクEでも、ハガネさんのランク以外の良いところを私は知っていますから。ハガネさんはあなたの一億倍は格好良い方ですよ」


 姫香がぴしゃりと断ったことで、男の表情が凍った。

 気持ちは嬉しいが、挑発しすぎだ。

 四季寺はチッと舌打ちすると、テーブルの上にあった水の入ったコップを持ち上げた。姫香が危ない!


 静止は間に合わなかった。

 四季寺は頭の上でコップを逆さまにした。ビシャビシャと水が降りかかる。

 僕に。


「調子に乗ってんじゃねえぞ! 上杉!」

「え、僕?」


 今の流れで僕?

 頭からずぶ濡れになりながら、僕はため息をついた。

 僕にとっては四季寺も前途ある有能な若者だ。いたずらに傷つけたくはない。だから穏便に済ませたかったのに、これで台無しになってしまった。


「惨めじゃねえかギャハハハハハハ! ………………ハ?」


 哄笑を上げていた赤髪の男が、異変に気付いた。

 店内にいた客たちが立ち上がり、男を取り囲んだのだ。

 ここは全日本ハンター連盟の本部ビルだ。喫茶店の客も、大多数がハンターである。そしてハンターは仲間のハンターが傷つけられる行為をひどく嫌う。


 屈強なハンターたちの中から、茶髪ショートヘアのランクAハンターが前に出た。というか静子だ。いたのか。


「まさか仲間のハンターに水をかけるような悪い子がいたなんてねえ。とりあえず連行してあげて」

「おいおい待てよ、ちょっと水かけたぐらいじゃねーか! 痛ェ! 腕が折れるって!」


 四季寺が周りのハンター達に取り押さえられ、あっという間に連行されていく。

 どうか彼が無事に帰れますように。僕は祈った。


 その場に残っていた静子が笑顔で宣言した。


「ハガネくんは女子高生とデート中だったんだね。事情次第ではハガネくんも連行かな?」


 どうか僕が無事に帰れますように。僕は祈った。

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