第9話 パーティ結成

 三人が座れるテーブル席に移動すると、店から借りたタオルでわしわしと頭を拭きながら、僕は静子に事情を説明した。

 姫香とパーティを組みたくない僕、僕とパーティを組みたい姫香で平行線なのだ。第三者の意見が聞きたかった。


「なるほどねえ」


 静子は頷くと、すぐに結論を出した。


「パーティ組んであげなよ、ハガネくん」

「流石です! 静子さん!」

「静子ちゃん? 僕に世間的に死ねと言ってるのか?」


 ただでさえライブ配信での姫香の告白によって炎上しているのだ。

 姫香と二人きりでダンジョンに籠もるようになったら、世間から何を言われるか分かったものではない。

 ところが、静子はまるっきり別の角度から僕の急所をえぐってきた。


「ハガネくんはさ、世間とかそういうの気にする人じゃないでしょ。本当に気にしてるのはさ、新人ハンターと一緒にダンジョンに潜って、ちゃんと新人をモンスターから守れるのかが不安なんでしょ?」

「ぐ」


「仲間を守れるか不安だから、一人でダンジョンに潜って自分の命だけ賭けるほうが楽なんでしょ? そういうのいい加減にさ、卒業したほうがいいと思うよ」

「ぐぬぬ」


「ハガネくんがさ、やりたいかやりたくないかで物事を決めてるなら何も言わないよ。でも、怖いか怖くないかで判断していて、それで一歩が踏み出せないなら、後悔するのはハガネくんのほうなんだよ?」

「ぐぬぬぬぬぬ」


 何か答えようと思って何も言えない自分に気付く。

 自分でも無意識のうちにしか思っていなかったことを、幼馴染に見透かされたような気分だった。これだから僕は静子に頭が上がらないのだ。

 上杉ハガネは弱くて、誰かとパーティを組む価値のある人間ではない。確かに、そんな考えが無かったといえば嘘ではない。


「私は、」


 姫香が呟くように言った。


「私は、ハガネさんが弱いとは思っていません。ハガネさんは私に何かあったら私を守ってくれる人だと、そう思っています」


 何かを決意するように、その声はどんどん力強くなっていく。


「そして、私も弱いままでいるつもりはありません。ハガネさんに何かあった時に、ハガネさんを守れる私になりたいと、そう思っています」


 姫香はこちらを真っ直ぐに見つめて宣言した。


「私は、ハガネさんとパーティを組みたいんです」


 参った。僕はこういうのに弱いのだ。

 こうして僕自身が必要とされてパーティに誘われたのは、ハンター人生で初めてかもしれない。

 思えば、さっき四季寺に啖呵を切ってくれたのも、僕は嬉しかったのだ。


”たとえランクEでも、ハガネさんのランク以外の良いところを私は知っていますから”


 何か胸に熱いものがこみ上げてくるのを感じる。認められた気になってしまう。


「決まりだねえ。私としても、ハガネくんがパーティでダンジョンに潜ってくれるのは安心できるしね」


 静子がニヤリと笑った。


「分かった、分かったよ。僕で良ければよろしく頼む、姫香ちゃん」

「はい! 末永くよろしくお願い致します、ハガネさん」


 こうして僕は姫香とパーティを組むことになったのだった。

 そういえば僕の良いところってどこなのだろう。

 こほん、と咳払いしてさり気なく聞いてみる。


「さっき、ランク以外で僕の良いところがあるって言ってたけど、例えばどんなところ?」

「決まってるじゃないですか! 性的魅力です! 具体的にはゴツゴツした指とか!」


 聞くんじゃなかった。



   ◇◇◇



 パーティを組むことが決まって、自然な流れとして二人のデッキビルドの話題になった。

 静子はすでに離席している。「北海道マザータワーのほうで大規模レイドがあって、人を集めるのに忙しいんだよねえ」と愚痴りながら退場していった。


 僕は姫香に現在の状況を説明した。

 デッキ枚数上限は一枚であること、ユニークカード「一瞬の保存」はテンポラリーカードを永続化するものであること、姫香を助けたダンジョンで『使用回数回復』を拾ったこと。

 特に『使用回数回復』を拾ったくだりでの姫香の喜びようはすごかった。


「すごいです! ハガネさんの人を助けようとする善行を神様が見て、ご褒美をくださったんだと思います!」


 なるほど。そういう考えもあるのか。

 神はダンジョンという試練を、そしてカードという祝福を人類に与えた。と、言われている。

 良い行いをすることによって神からレアカードが与えられるという考えは、あながち間違っていないかもしれない。


「そういえば、姫香ちゃんのステータスはどうだったんだ? ハン連で覚醒してもらったんだろ?」


 ハンターがカードやステータスウィンドウを使えるようになるには、全日本ハンター連盟で覚醒してもらう必要がある。

 才能のあるハンターは自力で覚醒することがあるようだが、そういうのは極稀な例だ。


「いえ、自力で覚醒しました」

「才能がありすぎる!」


 天才はいるところにはいるものだ。

 しかし忘れてはいけない。ハンターの戦闘能力はデッキ枚数上限とユニークカードが重要なのだ。


「デッキ枚数上限は何枚だったの? ああ、上限が低くても落ち込む必要はないよ。なにせ僕は一枚だからね」

「四百枚です」

「よんひゃくぅぅぅぅぅぅ!? 僕の何倍だ!?」

「四百倍です」


 僕は絶句した。

 四百枚というのはランクAハンターの中でもさらにトップを争うレベルの枚数だ。

 適当に安いカードをデッキに敷き詰めるだけでも、余裕でランクB相当の戦闘力は持てるのではないか?


「だんだん聞くのが怖くなってきたけど、ちなみにユニークカードはどんな効果だったの」

「それがちょっと使いづらいカードなんです……」


 ここで姫香は初めて暗い顔をした。

 流石にそこまで完璧では無かったか。まあデッキ枚数上限が四百枚の時点で、ユニークカードの使い勝手が多少悪かろうとハンターとしての戦闘力は揺るがない。

 姫香は人差し指の先にユニークカードを浮かべると、テキストをこちらに見せてきた。


 【名前】二天王刃

 【ランク】-

 【カテゴリ】装備・ユニーク

 【効果】

 双剣・二天王刃を具現化する。

 二天王刃のランクは使用者のデッキ構成によって変動する。

 使用者のアクティブスキルの効果は二天王刃を強化する効果に変換される。


「格好良いうえに絶対強いやつ!」

「でも、なんだか可愛くないなって思ったんです……」


 十年間ステゴロでダンジョン攻略をしてきた身としては、双剣のユニークカードなんてめちゃくちゃ羨ましかった。

 姫香は不服そうだったが、今後の目標であるランクDダンジョンを見据えた時、徒手空拳と双剣のアタッカービルドコンビは悪くない組み合わせだった。

 まずはランクEダンジョンで通常カードを集めて姫香のデッキを鍛えたあと、二人パーティでランクDダンジョンを攻略する。

 今後の展望が見えてきたんじゃないか、これは。

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