第5話 新城姫香の告白

 あれから僕は姫香を引き連れて無事にダンジョンを脱出した。

 魔力の流れからダンジョンの出口を探すのは、ハンターにとってはさほど難しいことでない。


 脱出してすぐに全日本ハンター連盟に連絡する。

 少し待てば姫香を保護してくれるだろう。


 姫香の服がところどころ破れてしまっていたため、とりあえず今は僕の革ジャンを羽織ってもらっている。

 ダンジョンゲート付近は人通りが多かった。人目につくのは可哀相だ。

 ハン連が到着するまでの間、駅の裏側にある寂れた公園で待つことにした。


「あの、今日は本当にありがとうございました」


 姫香が深々と頭を下げる。


「いいよいいよ、気にしないで、新城さん。僕はハンターだからね。ダンジョンの中で困ってる人を助けるのも仕事のうちだよ」

「ハンターさんなんですね。あの、お名前を伺っても良いですか?」


 これはちょっと恥ずかしかった。人に名前を尋ねていながら、僕自身は名乗っていなかったらしい。


「上杉ハガネ。ハガネでいいよ。また何か困ったことがあったら僕を頼って」

「ハガネさん……」


 姫香は噛みしめるように僕の名前を口にした。

 それにしても本当に美しい少女だ。艶やかな髪に白く透き通った肌。持って生まれた美貌だけでなく、普段から丁寧に手入れをしているのがよく分かる。


「それでは私のことは姫香とお呼びください。それで、早速で申し訳ないのですが、一つお願い事があります」

「なにかな? 遠慮なく言ってくれ」


 姫香はもじもじと恥ずかしそうにしながら上目遣いで言った。


「好きです。ちゅーして良いですか?」

「良いわけないよ! 会ったばかりだよね!?」


 距離の詰め方が早すぎる。とんでもない娘だった。

 断ったにも関わらず、姫香はこちらに抱きついてくると、背筋を伸ばしてんーっと唇と近づけてくる。

 僕は慌てて姫香を引き離した。油断も隙もない。


「困ったことがあったら頼って、遠慮なく言ってくれっておっしゃったのに……」


 姫香が恨みがましい目でこちらを見る。

 まるで僕のほうが悪いみたいな言い草だった。

 姫香はふう、と美しい所作でため息をつくと、


「分かりました。ではぎゅうっと抱きしめてもらっても良いですか?」

「ちょっと妥協したみたいに言うねえ」


 上手い断り方を考えているうちに、姫香の体が震えていることにふと気付いてしまった。

 ああ、それはそうだ。子供があんな目に合って、平気なはずがないのだ。

 少し悩んでから、僕はそっと姫香を抱きしめると、優しく頭を撫でた。


「よく頑張ったね、姫香ちゃん」

「……わ、わたし、ひっく、こ、怖くて、もう駄目かと思って、ぐすっ、そ、それで……うわああああああん」


 胸元で泣きじゃくる姫香。

 しばらく泣かせてやるべきだろう。そう思いながらふと周囲を見ると、二人組の女と目が合った。

 どちらも知り合いだった。茶髪ショートヘアで優しげに笑みを浮かべているのが幼馴染の古林静子。金髪ロングで目を吊り上げているのがハンター仲間のレティーシャ・パーネル。

 全日本ハンター連盟、秩序維持クラン所属のハンターである。姫香を保護して貰うために僕が呼んだのだった。


「……………………」

「「……………………」」


 状況を整理する。

 服がところどころ破けて泣きじゃくっている少女。

 少女を抱きしめている男。


 少々誤解を招く状況だったが、問題は無い。僕はランクEハンターとはいえ、十年間も働いているベテランである。信頼というものを積み上げている。

 話せば分かってくれるだろう。


「レティーシャ、」

「見損なったわよハガネ! 女癖が悪いとは思っていたけれど、だからって女の子を襲うなんて!」


 ハンター仲間からの信頼がゼロだった。

 しかし静子のほうは幼馴染だ。助け舟を出してくれるに違いない。


「静子ちゃん、」

「はいはい、お兄さーん。お話は連盟本部で聞きますからねえ。とりあえず手錠かけますから大人しくしてくださいねえ」


 よく見ると静子も笑っているようにみえて目だけは全然笑っていない。

 完全にガチで疑われているやつである。


「姫香ちゃん、」

「ぐすっ、ぐすっ、うええええええん」


 姫香はなかなか泣き止まず、事情を説明させるのは難しそうだった。僕は天を仰いだ。詰みである。

 結局この後疑いが晴れるまでに二時間ほどの説得を要したのだった。僕も泣きたい。

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