第3話 vsゴブリン

 僕のステータスは最底辺のランクEの中でもさらに最底辺だ。


 【名前】上杉ハガネ

 【ランク】E

 【攻撃力】20

 【防御力】20

 【速度】20

 【感覚】20

 【魔力】5

 【幸運】0

 【デッキ】1/1


 このステータスはゴブリン一匹とほぼ同等だ。

 また、ゴブリンが棍棒を武器として持つのに対して、装備カードを持たない僕は基本的に徒手空拳で戦うことになる。

 十数匹のゴブリンに囲まれている状況は最悪と言えた。


 ゴブリンが棍棒を構えながらジリジリと間合いを詰めてくる。

 牽制しながら退いているうちに壁際まで追い込まれてしまったが、おおよそプランはまとまった。


 ――少しずつ削る。


 後退するそぶりから急襲、右端のゴブリンまで一気に間合いを詰めると、魔力を込めた拳でゴブリンの頭部を思いっきりぶん殴った。

 殴られたゴブリンが気絶して取り落した棍棒を奪い、さらに近くのゴブリンに対して棍棒をフルスイングする。

 棍棒の一撃を受けたゴブリンは首がおかしな方向に曲がり、そのまま光の粒子となって散った。

 ダンジョンのモンスターは死骸を残さない。装備している武器もモンスターが死亡すればそのまま消える。

 逆に言えば、死なせなければ武器を奪えるのである。装備カードを持たない僕の得意戦術の一つだ。


「ギギ!?」


 またたく間に二匹がやられて周囲のゴブリンが呆気にとられる。

 その隙を狙って僕は全力でダッシュしてゴブリンたちの間を駆け抜けた。

 逃走する僕を見て、ゴブリンたちは慌てて追いかけてくる。


 全力で走ることによってゴブリンたちの統制が乱れた。

 ゴブリンそれぞれの微妙なステータスの差異によって、速度値が高いゴブリンのみが孤立して僕に追いつきそうになる。

 急転して振り返ると、孤立したゴブリンの腹を棍棒で思い切り突いた。


「ギボッ、ガボッ!?」


 急に倒れ伏す先頭のゴブリンに、後続のゴブリンたちが勢いよくぶつかって転倒する。


 ――これで充分に時間は稼げただろう。


 広い円形の空間から狭い通路まで駆け抜けようとして、僕は舌打ちした。

 通路からさらに増援のゴブリンがわらわらと出てきたのだ。


 絶望的な戦力差だったが、闘志は萎えなかった。妹が助けを待っているのだ。



   ◇◇◇ 「新城姫香」視点



 ――どうして。どうしてこんなことに。


 新城姫香は中高生を中心に人気が爆発しているアイドルだ。

 黒髪ロングの清楚系な見た目に物腰が柔らかい態度で人気を博している。

 高校に通いながらテレビ出演や雑誌撮影、ライブをこなしているため、多忙で休む暇がない。

 今日は本当に久しぶりのオフの日で、周囲にばれないように変装して、うきうきとお出かけしたところでダンジョンゲートの発生に巻き込まれたのだった。


「ギギ、ギギギギギギ」


 姫香はゴブリンに囲まれてしまっていた。

 姫香の衣服はボロボロになって、肌がところどころ露出していた。ゴブリンから逃げているうちに幾度も衣服を破かれたのだ。

 ゴブリンたちはその気になれば姫香をすぐに捕まえ、思うがままに蹂躙することも出来ただろう。遊ばれている。姫香が逃げ惑う姿を見て楽しんでいるのだ。


 ついに体力が尽きてしまい、取り押さえられる。

 これから起こることを想像し、姫香は泣きながら叫んだ。


「嫌ぁ! 嫌です、誰か助けてください!!」

「ギギギギギギギギ」


 姫香にゴブリンたちの手が殺到しようとしたところで、その瞬間、男の怒号が響き渡った。


「スチルゥゥゥゥゥゥゥ! お兄ちゃんが助けにきたぞぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!」


 姫香は救いを求めるような気持ちで声がした方向を見た。


 ……ズタボロになった、悪鬼と見紛うような男だった。

 自らの赤い血とゴブリンの青い血に全身が塗れている。

 死闘を繰り返してきて体力が限界なのだろう、ふらふらと幽鬼のように体が揺れているが、血走った目からは戦う気概が少しも薄れていないことが伺える。


 そこからはあっという間だった。

 ゴブリンたちが男に襲いかかり、棍棒を叩きつける。

 しかし男は倒れない。棍棒を叩きつけられるたびに殴り返し、叩きつけられ、殴り返し、叩きつけられ、殴り返し、この場のゴブリンが全滅するまでそれを繰り返したのだ。

 ステータスではなく、気力で勝利するかのような戦い。


 姫香はそれを一部始終見ていた。

 自分を助けるために戦っている男を見ると、その豊かな胸になにかこみ上げてくるものがある。

 胸が苦しい。頬を赤らめながら男をボーッと眺めていると、男がユラリと近づいてきた。

 身長153cmの姫香に対して、男の身長は頭一つ分以上大きい。必然的に見上げることになる。


 男は戸惑った様子を見せながらも声をかけてきた。


「すみません、失礼ですけど、どちら様ですか?」

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