第2話 ダンジョンゲート

 これは大事なことなので最初に言っておきたいのだが、僕の妹の上杉スチルはめちゃくちゃに可愛い。

 僕が十人すれ違ったら僕が十人は振り返るであろう美貌、病気がちながらも健気に家事を手伝ってくれる優しさ、何事にも真剣に取り組む努力家な面など、とにかく全てを完璧に兼ね揃えた女子中学生なのだ。

 こうした話をたびたび幼馴染の静子にするたびに、


「重度のシスコン……」


 といった評価を頂くのだが、極めて遺憾である。あくまで客観的な視点の評価の話だ。


 そんな上杉スチルは生まれつき体が弱く、ここ最近はまた体調を崩してしばらく入院していたのだが、どうやら外出許可が降りたらしい。

 僕としては病院に迎えに行ってからどこにでも連れて行ってあげようと思っていたのだが、スチルからは外での待ち合わせを提案されたのだった。理由を聞くと、スチルは頬を赤く染めながら、


「可愛い服を着て、外で待ち合わせて、兄さんとデートしたいから」


 とのことだった。んんんん可愛い!


「可愛いだなんてそんな……兄さんも今日も格好良いよ」


 どうやら口に出していたらしい。

 ちなみに静子はたびたびスチルから僕を褒め称える話を聞かされているらしい。なんかごめんね。


 という訳で今日は土曜日。スチルとデートの約束をした日だ。

 ここ最近は連日ダンジョン探索に明け暮れていたが、今日ばかりはダンジョンのことは忘れて、妹との逢瀬を楽しむことにした。

 僕は意気揚々とスチルとの待ち合わせの駅に出かけたのだった。



   ◇◇◇



 四月の昼下がり。日中はだいぶ暖かくなってきて陽気に包まれている。


 僕は待ち合わせの駅の改札を出たところで顔をしかめた。

 空気に漂う魔力が濃い。ダンジョンゲートの気配だ。

 別次元のダンジョンに繋がるダンジョンゲートは、東京マザータワーを中心にしておおよそ半径四十km圏内にランダムに発生する。

 自分の出かける先にたまたま発生するということも当然有り得るのだが、なんだか嫌な偶然だった。


 ざわざわと人が集まっている場所に向かってみると、まるでブラックホールのような、黒い楕円の大穴が地面に直立していた。

 ハンターを待ち受ける洞穴の入り口のようなそれは、間違いなくダンジョンゲートだ。


 スマホでハンター専用アプリを立ち上げて、現在地からダンジョンの情報を検索する。

 ……未報告のダンジョンだった。ここ数十分のうちに出現した新規のダンジョンゲートだろう。

 ランクすら分からない情報不足のダンジョン。僕のようなランクEハンターに出来ることは何も無いだろう。


 手早くアプリでダンジョンゲート発見の報告だけ済ませると、スチルと合流することにした。

 既に待ち合わせの時間になっているのだが、あたりを見渡してもスチルの姿は見当たらない。

 スチルは僕と違って几帳面な性格だ。待ち合わせに遅刻するのは珍しい。

 スマホでメッセージを送るが、既読もつかない。


 待ち合わせ場所に発生したダンジョンゲート。

 待ち合わせ場所にいないスチル。

 嫌な予感が頭をよぎり、背筋が冷えていく。


 決定打はダンジョンゲートの周辺でたむろっていた男子高校生たちの噂話だった。


「やべえ、やべえってマジで! 俺見たんだよ、ダンジョンゲートが出てくるのをさ! その場所に女の子がいたんだけどさ、パーっと光ってダンジョンゲートが出てきたら、そこにいた女の子消えてるの。絶対あれダンジョンに巻き込まれてるよ!」


 それを聞いた瞬間、僕はダンジョンゲートの中に飛び込んでいた。



   ◇◇◇



 ダンジョンゲートはダンジョンの第一階層に繋がっているが、位置は固定ではない。

 およそ数十分から数時間ごとにランダムに位置変更されるダンジョンの入口。同じダンジョンゲートをくぐっても、同じ入口に転送されるとは限らないのだ。


 薄暗い洞窟のようなダンジョン。円形の広い空間に、いくつもの道が繋がっている場所に僕は降り立った。

 最初に感じたのは落胆だった。周囲に人影が無い。

 既にダンジョンの入り口が配置変更されたのか、それともモンスターから逃げるためにこの場を離れたのか。

 いずれにせよ入口で即合流して出口を目指すプランは取れなくなった。どうにかしてスチルを探さなくてはならない。


 不幸中の幸いにも、このダンジョンの低い魔力濃度は慣れ親しんだランクEダンジョンのそれだ。

 ランクD以上のモンスターは僕の手には余ることを考えると、これは僥倖だ。


「ギギ、ギギギギギ」


 ゴブリンの笑うような鳴き声が周囲に響き渡り、ようやく僕は今の状況に気付いた。囲まれている。

 ぞろぞろと十数匹のゴブリンの群れが姿を見せる。先日敗走した時の倍以上の数だ。

 普段なら即脱出を考える戦力差。しかし、今の僕にはスチルを救い出すという目的がある。


 もしかしたら、たった今この瞬間、妹も同じ目に合っているかもしれない。そう考えると怒りと心配で気が狂いそうだった。

 魔力を込めた拳を構えた。自分でもゾッとするほど低い声が出る。


「悪いけど、妹とデートの待ち合わせなんだ。邪魔をするなら殺す」

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