ep.7 朝の風が祝う

「まずは……一発!」


「グゥ……手痛い一撃やな」


「ちょ、ちょっと、どういうこと!?」


 対獣人戦闘のスペシャリスト、ケイ・ブルータスの掌底を食らい、呼吸困難に陥っていたはずのウォルフ・ダン・ガーネット。未だ戦闘不能状態だった彼にさらなる追い打ちをかけたケイだったが、その窮地に呼応してか、ダンは自身の右腕のみを狼男のソレに変化させ、彼に殴りかかってみせた。


「フン、まぁこんなもんやろ」


「し、師匠……腕、折れてる」


 獣人の本気の一撃をガードしたケイの左腕は、赤く腫れあがり、次第に血色が悪くなっていく。攻撃を食らった音といい、その腕がとっくに折れていることは誰にも想像がついた。


「え~みなさんも見て頂ければわかる通り、獣人、ないしはそれに対抗する者は大抵、エゲツない破壊力を持っております。ただのヒトにはない運動能力、りょ力……文字通り超人的なそれらは、はっきり言ってどの攻撃も致命傷になり得る……」


 ケイは自身の腫れあがった左腕を掲げながら、他の部隊員に説明する。皆その腕の痛々しさよりも、彼の余裕そうな口ぶりがなによりも気になっていた。


「なぁ小僧、前に獣人と戦ったことがあるんやって? どんな感じやった」


「ど、どんなって……すぐに決着がついちゃって、あんまり覚えて……」


「そう、獣人との戦いは基本的に短期決戦。すぐに戦闘は終わってしまう。しかし逆を言うと、パワーも運動能力も高いとはいえ、耐久力自体そこまで高くないねん。つまり、最も有効な一撃は、そのパワーを利用したカウンターって訳や……ほいっ」


「な、なにを……いっ!」


 一通りの説明をし終えると、ケイはダンの右腕、肩のあたりを小突く。その動作に攻撃のようなものは感じられなかったが、少年はその瞬間、関節部に強烈な痛みを覚えた。


「いででで、いった! な、なにをしたんですか……!?」


「さっき殴られる瞬間に、ちょいと関節を外した。ついでに炎症やらなんやらが起きてると思うわ。まぁ、後はタカモリに見てもらってな」


「い、いつのまに……!」


「アッハッハ! そんな悔しそうな顔すんなや、この俺の左腕を壊しただけでもとんでもないことやで」


「あっ……」


 軽々と持ち上げてみせたその左腕は、紫色と赤色の中間色で、怪我の痛ましさを示している。その色味だけで、少年は突如として申し訳ないという気持ちが込み上げてきた。


「…………んじゃ、俺は自分で処置してくるから、タカモリはその小僧見たってや」


「あの、訓練は!」


「んなもんやってられんわ~、一旦中止!」


「おいケイ! あとでちゃんと救急室来いよ!」


「…………」


「あーあ、行っちゃった」 


 おそらくダンが謝罪をする気配でも感じたか、罰が悪いとでも言いたげに、そそくさとその場を去るケイ。しかし彼の怪我の心配もそうだが、皆何より、ダンの変身が部分的に行えるという新事実に胸を躍らせていた。


「しかし、ダン君。まさか部分的に発現させることができるなんて……」


「い、いやぁ多分たまたまできただけで――」


「たまたまでも、可能だって分かったことが大事なんだ! しかも、全身を変身するよりも効率的に感じる……まだまだ君には謎がいっぱいだ……!」


「研究者魂に火が着いちゃった……タカモリ、さっさとダンの怪我治してあげなよ」


「あ、あぁすまない! 興奮しちゃってつい……今、手当てするよ」







「フン~、フンフン~…………はぁ」


「痛むかい? それ」


「……誰やお前。以前ノアに来たときは居らんかったよなぁ、不審者か?」


「君がそれを言うかねケイ・ブルータス。私はタカモリくんの研究室で研究させてもらってる、ウィリアム・エリオットだ」


「……ふ~んウィリアム、どっかで聞いたなぁ。どこやったかなぁ~、ニュース記事で見たかもなぁ~」


「はぁ、その通り私もワケアリでね。狩人協会のご厚意で豚箱から出してもらえた犯罪者って訳だ。ここでは善行を積むことを心がけて生活をさせてもらっている」


「それで、手当してあげましょってか」


「あぁ、君とも仲良くしたいからね」


「……いや、すまんけどちょっと遠慮するわ。タカモリにお願いしてもうたし」


「そうか、それは残念」


「あぁ、ほな」


 二人の男が廊下で巡り合い、そして離れる。しかしウィリアムは向き直って、ケイの背中に言葉を投げた。


「そういえば……狼男は、あと一人いるらしい」


「……なんやと」


 ケイはふっと振り返る。照明に反射し、メガネの奥の瞳を覗くことはできないが、とてもニヤけた顔をしているのは分かる。


「おい、どういうつもりや」


「いやなに、君と仲良くしたいから、有益な情報でも、とね」


「……ちがう、俺が聞きたいのは――」


「ししょー! いた!」


 ケイが話し始めたのを遮る形で、レニーが廊下の奥から駆けてくる。


「くっ……」


「師匠、マチルダさんが呼んでたよ~、ダンついて話があるって」


「……分かった。この腕の手当てがまだやから、それ終わったら行くって伝えといてくれ」


「あ、おっけ……ん、なんかお話してた?」


「あぁ、気にしないでくれ、自己紹介程度だよ。私はここで……」


「フン……」


「ん~、師匠。ちゃんと仲良くできる?」


「はぁ? お前は俺のオカンか!」


「師匠はだらしないし、見た目怪しいし、コミュニケーション下手くそで不器用なんだから……ちゃんと人付き合いしないと駄目だよ?」


 レニーはケイの下に近寄り、囁くように言った。


「それにアイツ……あんま関わんない方がいいと思うから……多分」


 レニーとウィリアムは一度牙を向けあった仲である。ダンに認められ、仲間となったことは既に把握していた彼女にとっても、それでも警戒するべき人間に変わりは無かった。


「……あぁ、そうしとく」


「あ、ダンの手当て終わったから、もうタカモリのとこ空いてるよ」


「あいよ~……」


 レニーと似通った、気の抜けた返事で通路の奥へと消えていくケイ。二者の間に疑念を残したまま、靴のかかとで床を叩く音のみが、廊下にこだました。








夕刻、ノア船内、マチルダの執務室にて――


「遅かったじゃないか」


「挨拶して回っててな。数年留守にしてる間に随分人が増えたもんやな」


「数年か……ケイ、お前を狩人協会に誘ってもうそんなに経つのだな」


 ソファに腰かけるよう、手で座席を差すマチルダ。懐かしむ様子で、普段とは違う柔らかな表情をケイに向けていた。


「景気はどうや、マチルダさんよ。親父さんからまだとやかく言われとるんちゃうん」


「はは、父上はそれなりに私の行動を理解してくれているよ。ただ、最近老いのせいか、少し様子が変でな……」


「変?」


「あぁいや、私の話は良いんだ。今日お前を呼んだのは他でもない、ウォルフ・ダン・ガーネットのことについてだ」


「あの小僧ねぇ」


 手当を済ませた左腕を眺めながら、ケイは先の戦闘を振り返っていた。小僧と片付けるには脅威的すぎるその戦闘力は、ケイの記憶の奥底に眠るある出来事を思い起こさせた。


「偶然とは思わんでマチルダ。俺が人狼族と関わりがあった事、知ってたんやな」


「すまない、かなり詳細に調べさせてもらった。君の過去の戦争における獅子奮迅たる戦いぶりもな」


「こっぱずかしいなぁ……んで、そんな俺に何をして欲しいんや、アイツを弟子に取れとでも?」


「……あぁ、君の戦闘の才とその教育がどれほど素晴らしいか、それはレニーや我が隊の熟練度を見れば一目瞭然だ。とりわけダンは人間としても獣人としてもまだ成長途上にある。これからより強くなるためにも、また狼男という貴重な人材を保持するためにも、彼を――」


「あぁー、ええよ」


「……え?」


 あっさり、という感じに、言葉を遮って了承の一言を発するケイ。思わず表紙の抜けた声を出したマチルダだったが、ごほん、と態度を繕った。


「やけに、すんなりと引き受けてくれるのだな……」


「そう怪しむなって。正直一目見た時から、やばい奴がおるな~って思ってたんよ。あの時追い打ちかけたのもついついってヤツ」


「彼は貴重な人狼族だ。いくら獣人嫌いとは言え、度を越えたしごきだけはやめてくれたまえ‥…」


「俺がそんなんする男に見えるかね……心配せんでも、狼男はそんなちょっとやそっとじゃ死なへん」


「あぁ、私は君を信頼している」


 マチルダは少し疑ったような表情を崩さない。ケイ・ブルータスは過去の戦争の経験から、大の獣人嫌いという噂だった。それについては本人は否定も肯定もしない。ただ気の許す者にのみ己の戦い方を教えている。


「レニーも連れて行ってええか。アイツとダン、デキとるやろ」


「で、デキ……!」 


 唐突なケイの指摘に、頬を赤らめるルベライト。


「い、いや! すまないが部隊員のプライベートにはあまり踏み込まないのが、うちのやり方で……彼らの関係がよもやそうだとは……」


 赤らめた顔を誤魔化すように、顎に手をあて顔を俯かせながらつぶやく。


「相変わらず女の子やなマチルダさんよ……」


「な! わ、私を女扱いするな!」


「はっはっは! まーあの二人はこの俺に任せてくれや。きっと良い報せを聞かせられるやろう」


「た、頼んだからな……はぁ」


 夕刻、窓辺から差す陽の光は恥ずかしがるマチルダの顔を照らしたが、そんな彼女を背に、ケイは鼻歌混じりに部屋を出、廊下をふらふらと歩いて行った。







 翌日 早朝


「てな訳で、え~君たちの戦闘訓練とかいろんな監督をやらせてもらいますぅー……っておいレニー、寝てんのか! コラ!」


「ふぁあ~…… 朝6時に呼び出さないでよぉ……今日は休日だよ?」


 ケイ、ダン、レニーの三人が集まったのはノアから外へ出る為のゲート前。任務に出撃する際、極秘であればここからパラシュートで降下したり、着陸時は大きなゲートが開き、生活必需品などを運び込む経路にもなる。


「休日でも関係あらへん! お前たち二人に特別稽古をつけるよう、マチルダから言われてここに立っとる、ケイ・ブルータスや。改めてよろしく!」


「知ってるよ~~」


「あ、よろしくお願いします!」


「お前らが稽古をする場所は、前回の任務地からあまり場所は離れてへん。せやけど、スラムや裏の世界にもちょっと足を踏み入れるから、各々覚悟するよ~に!」


「えぇ~裏?」


「裏って、どんな所なんですか……?」


「そんなのは行ってみたら分かる。とりあえずここから数時間。お前らにはかったい座席にケツを乗せながらがたがたの道を車で移動してもらいます。その先にヒトも獣人もごった返しの貧民街、スラムっちゅうんがその先にあるんやけど、裏社会の人間が取り仕切るとあるイベントがそこでは人気なんや」


「イベント?」


「それも行ったら分かるわ。ちなみに、その貧民街は建物が歪に組み合わさるように集まっとる。しばらくは陽の光は浴びることができへんで」


 ゴゴゴゴ……とゲートが開く音が振動となって足の裏に響く。思わず足を浮かしたくなるほどの鈍い残響の中、開くゲートの先で東の太陽が顔を覗かせた。


「うぅ、眩しい……!」


「まー、昼頃には向うに着くやろう。それじゃあ諸君……」


 開くゲートの隙間から風が入ってくる。この地域の肌寒い朝の風は、3人の髪と衣服を川のせせらぎが如く、優しくなびかせていた。


「出発や」

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