ep.6 まずは……

「どうして、この人が……」


「ダン、まずは順を追って話をさせてくれ」


 動悸が早まる感じがした。少年は胸を押さえ、わずかに苦しそうな表情をしている。


「ニコラス、一旦この男を外に……」


「い、いや! いいんです。聞きたいこともあったし、このままで……」


 ダンの眼の前に立っていたのは、山で暮らしていた頃に、まるで親のように接してくれた男。しかしこの男は少年を裏切り、利用し、狼男の獣人と言う貴重な検体を調べる為に親切を振りまいていたのだ。挙句、その命までをも狙っていた。


「聞きたいこと? 私はなんでも応えるよ」


「おいウィリアム、今日は自己紹介以外の発言は許さないと言ったよな」


 当然、裏切られ、殺されそうにもなったダンにとって、この男はトラウマに近しい存在だ。そしてそうと分かっていながらこの男を自身に近づけた狩人協会にも、今は少しばかりの疑念を抱いた。


「あぁダン、まずこの男をこのノアに乗せた理由について、俺の方から説明をさせてほしい」


「は、はい……」






 ニコラス曰く、あの事件当日ウィリアム・エリオットの研究は何者かの手により全て焼却されていたらしい。これについて彼は何も知らなかったらしく、却って怒りをあらわにしていたくらいだった。そして狼男研究については、彼が最も真実に近づいているというのが、刑務所での面会で分かったという。


「……狼男はただの獣人ではないよ。『幻獣人』、少し前にどこかの国でそんな言葉を聞いた事がある。もし狼男を何かしらに分類するなら、おそらくこの言葉だろう。しかしそれを認めることは、神をも肯定しかねない……!」


 面会室に居た頃のウィリアムの台詞である。痩せこけた彼の顔はまるで死人のようであったが、ダンの名前を聞くや否や生気を取り戻したようで、嬉しそうにそう語っていた。


「だが、神に近づきすぎた私の蝋の翼はとっくに溶けてしまったようだ。君たち狩人協会の手によってね……フフフ」


 それを報告で聞いたマチルダは、ウィリアムが幻獣人について何かしらの理解を得ていると解釈。再び彼に翼を与えてやらんと、協会内でのみ研究を続けて良いという条件を元に、ノアへと移送した。


「……もちろんそれだけじゃねえ。コイツの話の中で、興味深い言葉が出てきた」


 ニコラスは少し溜めて、話す。


「神を作ろうとしている男がいる」


「か、神を……!?」


 ニコラスの後ろで、ニヤリと笑う男の姿が見えた。


「俺には、いや俺達にはその男に心当たりがある。狩人協会の因縁の相手だ。そして……」


 ニコラスは、今度は許してやると言わんばかりに、ウィリアムに発言を譲った。


「あぁ、私の同僚だよ、彼は」


「か、彼……?」


「男の名は『ミルカ・グレゴリオ』……共に獣人研究をしていた同輩だったが、どうやら私は、あの日彼に裏切られてしまったようだ。私の研究を燃やしたのも彼の仕業だよ、間違いない。」


「……」


 ダンにとっては複雑な心持ちである。自分の身体を調べ尽くして得た情報が、見知らぬところで取り合いになっていたようで、あまりいい気分ではない。


「……とまぁ、このままコイツを獄中に置いたままにしても、いつどこの国が引き抜きに来るか分からねえ。更にコイツはあの時、ただのヒトを狼男に変える薬を開発しちまってる。近頃は獣人を人間兵器として扱おうとしている所もあるくらいだし、独占される前に俺らで囲おうってこった」


「なるほど……」


「先ほど幻獣人と言ったが……恐らくお前もその類だ、ダン。正体の分からねえお前を調べるためにコイツの手を借りる必要がどうしても出てきた。だが、コイツのことを隠されたままここで暮らすのも嫌な話だろう。早いうちにこうして面と向かわせておきたかったんだ」


「わ、分かりました」


「お前の方から、何か要望はあるか? もし嫌なら拒否してくれても……」


 ダンは少し考えた後、ニコラスが言い切る前に、ウィリアムの方を見遣った。


「あなたに、いくつか聞きたいことが」


「なんでも聞いてくれ」


 男は依然笑顔を絶やさない。ただ、嬉しいとも楽しいとも違う、取り繕った笑顔だ。


「僕を殺そうとしたのは、なんでですか」


「……応えづらい質問だ」


 こぼすように出たその言葉に、ダンは少しの希望を抱いた。


「だが応えよう。あの時、私にとって君は研究対象であると同時に、まるで息子のような存在だった。これは間違いない」


 ニコラスやタカモリは呆れたような表情で聞いていた。しかしダンにとっては、この言葉から嘘は感じ取れない。


「あの時君を殺そうとしたのは、私のエゴだよ。君の環境、親を求める心を利用して欲望のままに獣人研究をしていたことには、ずっと苦しんでいた。いっそ悪役に成り切り、君を排除するふりでもして、あの場を立ち去ろうとしたんだ」


「こ、殺す気はなかったと……」


「君があの場で『発現』することは、私にとっては想定の範囲内だったんだよ。君があの程度の銃弾、そして私のあの簡易的な人狼化状態で殺せるとは思っていなかったからね。まぁ、まさか負けるとも思わなかったのだが……」


 どこか安心したのか、ウィリアムの顔を見るでもなく、少し綻んだ表情でうつむく少年を、男はどこか愛らしく感じた。


「私の罪を許してくれとは言わない。ここでは私は正しい立場で、正しく研究を行おうと思う。君が望むのなら近づきも、触れもしない。だから、ここに居る事だけは、許してくれないか」


 少年に目線を合わせ、片膝をつくウィリアム。部屋の照明が彼のメガネを照らし、その瞳の先を覗かせまいとしていたが、それでも少年はこくりと頷いた。


「先生、あと一つ……もう一人の狼男の存在について」


「……!」


 その場の誰もが驚いた。


「もう一人……?」


「あの時、先生と決別したあの日。実は最初、ある影を追って研究所を出たんだ。ソレは物凄く早くて、走って追い着ける気がしなかった。あの日は、てっきりそれが人狼に変身した先生だと……」


「いや、ダン君。申し訳ないが私には心当たりはないな……」


「先生じゃないとしたら、あの場で僕よりあんなに早く走れるのは、同じ狼男の獣人だけだと思う……」


「ウィリアム、隠し事はするなよ?」


 後ろからドスの効いた声で、脅すように注意するニコラス。誰もが注意深くその話を聞いていた。


「本当さ。それにこんなことで嘘をつく必要なんてないだろう。偵察のために覗いて逃げたといえばそれまでだからね」


「ムゥ、じゃあ本当に何者なんだ。あの時の現場に誰かが……」


「なぁニコラス、レニーなら何か分かるんじゃないか? あの時先陣切って単独行動してたのはアイツだけだし、何か見ているかも」


「そっか、レニーならなにか知ってるかも……」


「……ダン君、そのレニーという人は、君の新しいパートナーかい?」


 詮索するようなウィリアムの質問にニコラスは睨みを効かせたが、それでも構わないという風に彼は少年の方を見ていた。


「レニーは、僕の……」


 少年は自分とレニーの関係を今一度深く考える。相棒、その二文字の他に、別の言葉も浮かんできそうになったが、慌てて首を横に振り、邪念を払うつもりで顔を叩いた。


 ヴー、ヴー……


「……? はい、ニコラスだが……ってレニーお前かよ」


 タイムリーな人物が、ニコラスの携帯機に電話をかける。


「なに!? アイツが戻ってきたのか! 待ってろ、すぐ行く!」


「ニコラス?」


「すまんが俺は席を外す。タカモリ! 今後ウィリアムの監視はお前に任せる。お前の研究室内でなら研究を許可してるから、ついでにここでの仕事も教えてやれ」


「え!? ちょっと、いきなりそれはないだろ!」


「文句は報告書でしか受け付けん!」


 ニコラスは足早にその場を去ると、後に残された3人はぽつんとした空気に囲まれてしまった。


「……あー、ダン君。しばらくはウィリアムも研究室にいるけど、もし気に障ったらいつでも言ってくれていいからね……」


「はは、私からは何もしないよ」


「は、はぁ……」


「ダン君、君もレニーの所に行っておいで。君の身体検査の結果は、また後日詳細を伝えるよ」


「わ、分かりました」


 また一人部屋から消える。タカモリはウィリアムに向き直り、少し声のトーンを抑えて言った。


「……僕も研究者だ、一応」


「ほう! 仲間なわけだ。一応。」


「ただ、どこまで行っても、たとえ地の果てまで君と言葉を交わしたとしても、僕は君の行いを理解できないし、心底軽蔑する」


「はは。なんだい、いきなり」


「僕は君のことを完全に許していないということさ。ダン君は狩人協会に所属してまだ日は浅いが、あの子の献身的な態度、その性格、願望。なんとなくだが皆ちゃんと分かってきている。あの子がどんな気持ちでお前と過ごし、そして裏切られたのかを。だからこそ……」


「……!」


「僕たちは君のやってきたことを許せないし、もしあの子があの時君を許さないと言ったのならば、僕たちはすぐにでも獄中に付き返す腹づもりだったことを、よく知っておいて欲しい」


「……あぁ、肝に銘じるとも。私はここに贖罪に来たと言っても過言ではない。いかんなくこの力を行使してくれたまえ」


 タカモリは優しい男だった。あって数週間と経たない少年の純心を可愛がり、それを汚した男を、少年の代わりに心から憎んでいた。直接顔を見せず、背を向けて語るその鳥の獣人の毛は大きく逆立っており、殺気といわんばかりのオーラをウィリアムはひしひしと感じていた。


「……とまぁ、君にとってはここはあまり良い職場環境ではないけど、君があの子にとっていい存在であり続けるなら、邪険にすることは決してない」


 向き直り、すっと差し出された右手は握手を求めていた。


「タカモリ・アザミだ。よろしく」


「ほう、日本人の獣人ははじめてだよ。よろしく」







「レニー、警察にお世話になるようなことはアカン言うたよな……」


「なにさ、師匠。別に私は何もしてないけど……」


「怪しまれるようなことも大概悪いことや。ほんまに何もしてへんのやったらそれまで。ただ……」


「あーうるっさい! うるっさいな!」


「なっ……!」


 ノア船内、食堂。多くの警備員に囲まれた、いかにも怪しげな男ケイ・ブルータスは、レニーと口喧嘩のような会話を繰り広げていた。


「とにかくな、この警備員をどかしてくれ。お前の命令やったら聞くやろ」


「どうかな~、マチルダさんの招待状貰ってないなら、本物の師匠じゃないかもなぁ~」


「な、なんやと!? なんちゅう奴や、信じられん、師匠に対してこの態度……!」


「ってか、そもそも警備員にお世話になるような男に、警察どうこうって言われたくないんだけどね~」


「あ、オイどこ行くねん!」


「ここは食堂だよ? 丁度お腹すいたし目の前でご飯食べてあげる」


「っんの野郎~~! 弟子の風上にも置けん!」


 ケイは歯をぎりぎりと鳴らしレニーを睨みつける。仲は悪くとも、二人は師弟関係にあることは確かであった。


「ケイ・ブルータスはいるか!」


 食堂の戸を勢いよく開け、第一声に彼を指名したのは狩人協会の部隊長、マチルダ・ルベライト。


「マチルダ! 頼む~! 警備員はやくどかしてくれ~! レニーのせいで身動きとれへんねん~……!」


「レニー、なぜケイを拘束させている」


「警備員のクレムトをボコって無理やりノアに入ったんだよ、この不審者」


「……ケイ・ブルータス……招待状はどうした」


「忘れた、ハハ!」


「……はぁ、全くお前は……」


 冷徹、そして有能。決して苦しそうな表情など他人に見せることはないと思われていたマチルダだが、この男については特別頭を悩ませているようである。







「え~、それではみなさん改めまして……ワタクシ、狩人協会で隊員どもの戦闘訓練をたま~~~~に、教えてやってます。ケイ・ブルータスっていいます。」


「……という訳で、ウォルフ・ダン・ガーネット、ジャクズレ・ダカオと新人も増えて来たので、戦闘訓練の教官としてこの男をノアに招いた。皆、粗相のないように」


「へ~い」


「よろしくお願いします……」


「よろしく」


 現在、狩人協会の荒事を担当する実働部隊の構成メンバーは、隊長マチルダ、副隊長ニコラス、諜報員シバカワ。そして隊員にレニー、ダン、ジャクズレである。隊長と諜報員を除き、基本的に前線に立ち戦闘を主とする彼らは、定期的に戦闘訓練を実施し、その実力にほころびのないようテストをしている。


「まぁ、テストとは名ばかりで、俺のこと倒せた奴が一番優秀ってルールの、ただの力比べですわな」


「言い方があるだろう……基本的に諸君らの戦闘技術、また装備については、ルベライト財閥の監修もある為、疑う余地もないと私は確信している。ただ個の力が突出すれば、そればかりが他を補ったり、あるいは無理を強いたり、アンバランスなチームワークを生みかねない。満遍なく諸君らを強化するため、この男と戦ってもらう」


「……素手で戦うのか?」


「気が進まないか、ジャクズレ」


「俺は射撃がメインだ、徒手空拳の類はてんでダメなのだが……」


「え~よ、え~よ! 初心者さん大歓迎、全員もれなく最強にしてあげるから」


 とても仕事をしに来ている人間とは思えない、軽はずみの言動ばかりが、ケイの口から飛び出してくる。


「まーでも、格闘は才能や。自分でも才能がないと割り切ってるんなら、得意なもんをさっさと伸ばした方がいい。特にそこのー……」


 ケイは横一列に並ぶ隊員をなぞるように確認し、ダンのところで視線を止める。


「俺が気になってるんは君やな。聞けば狼男なんやって?」


「は、はい。発現したら、一応姿は……」


「ほなやってみ、今から戦うで」


「あぁちょっと待った、コイツの変身は一日一回までだ。」


「あ? なんやそのルール……気合でどうにかならんもん?」


「ならねえな」


 ニコラスの毅然とした態度にケイはがっくりとする。それほど戦いたかったのだろうか。


「はぁ、狼男やって聞いて飛んで来たのに……とんだ骨折り損やなぁ」


 わざとらしくダンを睨んだその男は、どこかダンを挑発しているようだった。暗に『狼男になっていないダンは戦う意味がない』と言っているかのような、それに威圧を含んだ目つきである。なんとなく意図を汲み取った少年は、ずいっと勇み足で前に出て言った。


「……い、いいですよ、変身しなくても勝ってみせます」


「ほっほ~?」


 顎を触りながら、ダンの雄姿ににやけ顔で返すケイは、依然として余裕そうな振る舞いをしていた。


「ほなでも当てられたら合格ってことでええかな?」


「……何発でも」


 眉間に少しずつ皺のよる少年は凄まじい気迫を放っていたが、ケイはものともしていなかった。


「いいのかよダン。このオッサン、かなりつええぞ」


「おいネコ野郎! まだ36やからな俺は!」


「いいんです。それに、変身だけに頼るのも良くないって思ってましたから……」


 ダンは背後にいる自身の相棒を気にしているようだった。強くなるという意志を見せる為、少年は前に踏み出さざるを得なかった。


「分かった。それなら戦うなら場所を変えないとな……」


「あー、いや、ここでええ」


 ケイがそう言うや否や、ダンが大きく、宙を舞うように吹き飛ばされてしまう。


「ぐあっ!」


「あっ! ダン!」


「おいレニー! お前は動くな!」


 すかさずダンを受け止めようと駆けるレニーだったが、直後にケイの激昂が真っ先に飛び出し、おもわず動きを止めてしまう。吹き飛ばされたダンは壁面で受け身を取り、着地する。


「オイ、ここは食堂だ! 勝手が過ぎるぞ、ケイ!」


「いや。良いんだ、ニコラス。実践はいついかなる時でも起こりうるもの。身構えて、いざやるぞと始めることの方が少ないものだ」


「マチルダ……!」


「融通が利くなぁ部隊長さんは。ほなこのまま続けさせてもらおうかなぁ」


「しかし、備品の弁償代は貴様に持ってもらうからな」


「あぁ、あはは……」


 イエスともノーとも言わない微妙な表情で誤魔化すケイ。そして、その会話を無理やり終わらせるように、ダンが飛び込んでケイに殴りかかった。


「っぶな!」


「グゥゥ……!」


 姿は人間のままではあるが、その戦闘スタイルは前屈みの半ば四足歩行、まるで狼そのものであった。


「ねぇ、ネコ先輩。ダンって訓練期間結構短かったけど、いつあんな戦い方教えたの?」


「馬鹿言え、まだ訓練途中だし、あんな戦い方も教えてねえよ。ありゃ狼男としての本能的な所がでてるな。おそらくアイツに一番なじんだ戦い方だ。ただ……」


「ええぞ、小僧! そのまま飛び込んでこいよ!」


「うおらぁ!」


 ケイの言葉通り、正面から、それも立ち止まることも考えていないほどの速度で飛び掛かるダン。しかしそれは単調ながらも、並みの人間ならばその速度は避ける事すら難しい。


「アレは……ッ! ダン! 今すぐ防御して!」


 レニーが事の顛末を察し、すぐさま呼びかけた。しかしそれも既に遅く――







「はっ……はっ……はっ……げほっ!」


「おー、モロに入ったな、大丈夫か?」


 飛び掛かる時、少なくともケイよりは上に居たはずのダンが、いつのまにか男の眼の前で胸を押さえ、もだえ苦しんでいた。


「ぐっ……息が……い、がはぁっ……!」


「ほれ、吸って~……」


 救命の為ダンに近寄り、呼吸のサポートをするケイ。少年の胸はとても赤く腫れていた。飛び掛かりざまにケイの素早い掌低打ちが肺を狙って打たれ、呼吸器系を圧迫させたのである。


「凄まじいな、あの一瞬で……」


「ジャクズレは初見か。ケイ・ブルータスは元々、対獣人戦闘に長けた中国の格闘家。あらゆる国の警察部隊が暴徒鎮圧のマニュアルに彼の格闘術を採用しようとしてるくらい、人気な武術のセンセーなんだよ」


「しようとしている? 実際は採用してないのか」


「ケイ・ブルータス本人が拒んでる。自分の技術を狩人協会以外に提供したくないらしい。理由は教えてくれねえが……」


「ふむ。にしても何故このご時世に対獣人戦闘など尖ったモノを……一昔前のヒト・ケモノ戦争の時ならいざ知らず……」


 ニコラスは少し溜めて、おそらく周りに気遣うようにして、説明した。


「……今からおよそ20年前、獣人の人権問題が取りざたされるきっかけとなったヒト・ケモノ戦争。アイツはその戦争の最初期に中国から駆り出された傭兵の一人で、唯一徒手空拳だけで生き残った化け物中の化け物だよ」


「な、なに!?」


「当時の戦争は、お前も知ってる通り銃火器の使用が禁止されていた。21世紀にもなると、表立った戦争は出来ねえ。ただの小競り合いという体で、麻酔銃やスタンガン、ゴム弾などあらゆる合法的な手段が使われた戦争だった」


「その戦争で、合法的手段の次に最も役に立った武器がだったことくらいは、俺も知っているさ。だがまともな武器なくして獣人に対抗できないと知ったヒト側が銃火器を持ってきたことで、国連が正式に介入。戦争はヒト側の多数の犠牲者で終わったと聞いたが……」


「ずっと戦ってたんだとよ。俺も手合わせしたことあるが、アイツの戦い方はカウンターメイン。獣人に速度で劣る分、技術と人体急所の知識だけで攻撃を返してくる」


「……レニーとどちらが強い?」


 ジャクズレは、どこかわくわくしたような声色でニコラスに問うた。


「間違いなく、ケイの方だな」







「ダン! しっかりして、ダン!」


「うるさいぞレニー、これは正式試合やなくてただの訓練や。応援なんかする場所ちゃうで」


「うるさい! 自分はダンの戦い方知ってたくせに! こんなの卑怯じゃん!」


「彼を知り己を知れば百戦なんとやら……実戦の訓練やぞ。卑怯もへったくれもあるかいな。てか、そこどいてろ」


 ケイがそう指示すると、まだ呼吸の落ち着かないダンに向かい、右腕を振りかざし始める。


「ちょ、ちょっと! ししょ――」


 ドゴォッ!


 鈍い、しかしよく響く衝撃音が食堂にこだまする。


「うっ……見損なったよ師匠、あんな状態で追い打ちなん……て……あれ?」


 一見、ケイがダンに追い打ちをかけたかのように見えたが、しかしその場にあったのは謎の蒸気と、左腕を抑えるケイの姿であった。誰もが、その蒸気の発生源に注目の眼差しを向ける。


「そんな……!」


「フゥー、フゥー……」


「ほー……それが変身、か!」


 立ち上がったダンは、右腕だけ少しばかりの毛を纏わせ、たくましく筋肉質なものになっていた。身体の一部のみを狼男のものに変化させ、扱うことに成功したのである。


「まずは、!」

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