ep.5 その男も狂人につき
コン、コン
控え目なノックの音だが、それはレニー・アルバにとって誰が来たのかを知らせる一つの手がかりだった。
「はいは~い」
「あ、あのさ。暇だから、来ちゃった……」
場所は移動拠点『ノア』、レニーの部屋。狩人協会が有する巨大な飛行船では、隊員たちにそれぞれ部屋が割り当てられている。無事に任務を終え、2,3日の休暇が与えられたダンとレニーは、一つの部屋でダラダラと暇な時間を過ごしていた。
「日本の漫画でさ、何が一番好き?」
「なんだろ、戦うやつが一番いいかも」
「私もね~、戦うのがいいかな。なんとかクイーン! なんとかダスト! って感じで叫びたいよねぇ」
「レニーならできそうだよね、強いし」
「ははっ! 私が強いのは殴ったり蹴ったりだけだよ? さすがに超能力みたいなことはできないって~! ……ってか!」
いくつものクッションに埋もれていたレニーだったが、思いついたようにそれらを吹き飛ばし、起き上がる。
「ちょっと待ってよ! 私よりダンの方が超能力っぽいじゃん!」
「わ、ちょっと、なに!」
「狼男になれるんだよ!? しかもピカッって光って、一瞬で!」
「は、はは……近いよ……」
目を輝かせダンに近づくレニー。その距離感に戸惑いつつ、まんざらでもない少年。
「見せてよ、アレ」
「えぇ~、ここでぇ?」
「見せてよ~、見せて~!」
「でも、これ……」
「うん?」
「多分だけど、一日に一回しか使えないんだと思う。前に二回連続で変身しようとして、まったく力が入らなくて……」
「う~~ん……」
「れ、レニー?」
「ダンって、山でずっと生活してたにしては身体能力が高すぎると思うの。きっと力を蓄えてて、それをエネルギーに活動してて……そんで、それをいっきに使うのが『変身』なんじゃないかな?」
「な、なるほど」
「力をもっと早く溜められるようになれば、何回でも変身できるんじゃないかなって思うんだ。筋トレみたいな感じだよ!」
「そうか……鍛えれば鍛える程……」
「ってことで、変身してもいいじゃん! 今! 特訓だと思ってさ!」
「えぇ、なんかうまいこと誘導されてる……?」
レニーの口車に乗せられ、仕方なくダンは上半身の衣服を脱ぐ。照れ臭かったが、なにより好奇心が自分を動かしていた。
「……ごくり」
「いくよ……くっ!」
「おお、まぶし!」
ダンの掛け声と同時に、少年の身体を中心に閃光が部屋全体を照らす。それと同時に、蒸気が周囲に広がった。
「やば、漫画がふやけちゃう!……って、わあ!」
「……ど、どう?」
レニーは期待通り、と言わんばかりに輝かしい表情をしている。その姿は毛だらけの獣人で、一見ニコラスと差異は無いように感じるが、それでも彼女にとっては変身してこの姿になることが重要らしい。
「い、いいねぇ……!」
「レニー……?」
「いいねぇそれ……!」
レニーはゆったりとダンに近づき、その毛触りを確かめんと、手を広げて逃げ場を無くそうとした。後ずさりするダンだったが、本気のレニーからは逃げられる気がせず、その後はされるがままであった。
「ぐあ~~、やめて~~!」
「モッフモフじゃん! なんだキミぃ、ぬいぐるみかぁ~!?」
レニーの部屋では、少年の悲鳴と、女のやけにテンションの高い叫びが聞こえる。二人の居る部屋前を通りかかる誰もが、その奇妙な様子を訝しみ、そして避けて通った。レニーがここまで乱心するのは、珍しいことのようだ。
「レニー、くすぐったい……も、もうやめてぇ……!」
「はぁーっ、はぁーっ、あー! 楽しかった!」
「ぐぇ~……」
「にひひ、ごめんね。最近ちょっと落ち込んでたからさ。はっちゃけちゃった……」
落ち込んでいた……。その言葉を聞いた少年は、少しの思案を挟み、うつむく。そうして少し覚悟したふうな顔で、顔を上げた。
「れ、レニー……」
「なに?」
「えっと……ん!」
モフモフのその体を差し出さんと言わんばかりに、ダンは手を広げレニーを迎える。レニーの眼はその愛らしさ故か、それとも彼の気遣いに対してか、僅かばかり潤んでいたのだが、少年は目を瞑っているので分からなかった。
「だ、ダーン! うおーっ!」
「……おい! いつまで騒いでるんだよ! 丸聞こえだぞ!」
「た、タカモリ!」
怒声と共に開かれた扉はギィ、ギィと自由に揺れる。唐突の乱入者に、ダンは女々しくも思わずクッションで上半身を隠した。
「レニー、ダン君、君たちだったのか!」
「なによ~後輩と戯れてただけなのに!」
「い、いや不健全な気配がしたから、つい……」
ふくれっ面のレニーをよそ目に、ダンは自身のことを後輩と表され、少し寂しい気持ちになってしまう。もう少し、踏み込んだ呼び方を望んでいた。
「ってそうじゃない! ダン、君の身体検査をしたいんだが、今大丈夫かな?」
「え、今ですか! えっと……」
レニーの表情を窺う。それよりも、何より自分があまりこの空間から離れたくなかったのだが。しかし少年のその思いを遠慮と受け取り、レニーは大丈夫と言わんばかりの笑顔を向ける。
「いいよ、ちょうど変身してるんだし行ってきな!」
「あー、さすがに服は着なよ、ダン君」
「は、はい……」
ピー、ピー、ピー……
食料や衣類などの備品を積んだ沢山の小型貨物船が、ノアへと運ばれる。その傍らにはノアへと搭乗するための入り口があり、職員が門番として立っている。
「あいっかわらずデカいなぁ。ルベライト財閥様様やな……」
一人の男が、搭乗口から少し離れたところで、定着している飛行船を見上げていた。男はぼさぼさの頭に、丸いサングラス。無精ひげを蓄え、いかにも怪しい見た目である。
「む、待て! この飛行船は狩人協会の所有するものだ。部外者の立ち入りは禁止している」
門番が男の前に立ちはだかった。
「あー、すんませんね。マチルダさんとニコラスさんから呼ばれて中国からここまで来たんですけど……」
「あぁなるほど。では名前と招待状を見せてください」
「あー名前はケイ・ブルータスって言います。招待状は……」
ケイ・ブルータスと名乗る男はポケットに手を突っ込み、漁る仕草で少しずつ職員に近づく。
「えーっと、えーっと。あー! ありましたありました、これですこれ」
ケイは握った手を差しだし、職員に見せる。
「うん? どういうことだ?」
「……フンッ!」
「あがぁっ!」
ケイは拳を覗き込んだ職員に、不意打ちのアッパーを見舞う。まんまと顎に一撃を食らったその職員は、周りに悟られることもなく沈んでしまった。
「すまんなぁ、俺は忘れ物をしやすいねん……」
ピッ、ピッ、ピッ、ピピッ!
「はい、いいよ~楽にして」
小刻みな電子音が鳴りやむと、機械が姿勢をゆるくするのを許してくれる。奇妙な検査機で身体を隅々まで調べられているダンは、現在タカモリの研究室にいた。
「息苦しいだろうけど、少し我慢してね」
「は、はい……」
タカモリの声に合わせて、再び検査機が少年の身を包む。狼男の状態になっておよそ20分が経過した。恐らく、殆ど歩く位の動作しかしていないせいだろう。戦闘のときよりも長い時間、変身体を維持している。
「うん……血圧が物凄いね、血流の流れが半端ない……心拍数を上げて運動能力をさらに向上しているんだ。しかしそれだけじゃ説明がつかないな……」
「……?」
「もともと、この体にそれだけ身体を強化する素質があったってことだろ……? でもこんなパワー、蒸気機関みたいな、何か特別なエネルギーでもない限りここまで身体を強化するなんて……」
「なんか……難しそうですかね……?」
「は! ごめんよ、つい夢中になっちゃった。すまないね」
照れ臭く資料を纏めるタカモリ。ダンにとって体を調べられるというのは、先生のことを思い出し、あまりいい気分ではなかった。しかしこれが自分の正体を突き止めることに繋がり、自分になにが出来るのか理解できると、少年は前向きにとらえ、機械に身をゆだねている。
「うん? 毛の感じが変わったね……これは」
「あ、そろそろです」
シュウ……と縮むような音と共に、蒸気が発生する。蒸気が立ち込めており分かりづらいが、毛がボロボロに乾いて、崩れるのをタカモリは確認する。
「おもしろいね……これは既存の獣人にはない能力だ……!」
「な、なにか分かったんですか?」
「フフ、少し待っててね……!」
興味関心を原動力に、タカモリはニヤニヤと数々の資料を掘り起こしていく。時折舞う焦げ茶色の羽が、その慌ただしさをより強調していた。
数分後
「うむ! 君の身体はすさまじいね! さっぱりだ!」
「は、はぁ」
どうやら、殆どなにも分からなかったらしい。重厚な設備で余すことなく体を見られた分、少年の返事は脱力しきっている。
「いやしかしね、面白いことも沢山知れたよ。君の身体、もしかすると月の光をため込んでいるのかも」
「え?」
「月光。すなわちオオカミ男のトリガーになる満月と関係があるかもね」
タカモリは続けて話す。
「君の身体は月の光をエネルギーとしてため込み、それを使って変身するようだ。君が変身を解いた後、やけに非力でただの子供同然となってしまうのも、エネルギーを消耗しきっているのが原因だろう」
「なるほど……レニーが言ってたことと合ってる……!」
「つまり、月が出ている夜……満月の夜なら変身し放題ってことだよ」
「……!」
「狼男伝説は何度も調べた。どれもこれも満月の夜にだけ変身するとか、普段は人の姿かオオカミの姿をしているだとか……正直、その気になれば月は関係ないんじゃないかってずっと思ってたんだ。でもしなかった。つまり……」
「つまり……?」
「君は過去の狼男達とは一線を画す。いつでも変身が出来る狼男なんだよ!」
「お、おお!」
「まぁ分かったのはこれだけ。そもそも月の光なんてものがエネルギーになるのが摩訶不思議だよ。変換してるのか、それとも光そのものが……なんにせよ、有識者の見解を聞きたいところだが……」
「やってるかタカモリ~」
「ニコラス!」
タカモリの研究室にノックもせず立ち入ってきたのは、ニコラス・アンデルセントであった。その背後に一人、誰かが立っているのが見える。
「後ろの人は……?」
「おぉダン、お前に話があって来たんだ。急ぎなもんで事前に言えなかったんだけどよ、お前に意思確認も含めて、ここで聞いておこうと思って……」
「意思確認?」
「おい、自己紹介くらいは自分でやれよ」
「あぁ、分かってるよ」
大きなニコラスの背中からひょいとその身を表したのは、ウォルフ・ダン・ガーネットにとっては忘れもしない存在。ただ、あまりに急な出来事に、その場で少年はどのような感情を抱いていいのか分からなかった。
「改めて自己紹介を……」
見慣れた白衣をなびかせ、落ち着いた声色が部屋に響いた。
「私の名前はウィリアム・エリオット。君が倒した男の名だよ」
「先生……!」
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