33話
「よかった。特殊なプレイの一貫かと思ったんだが、そうか宇久森の独断ならいいんだ。今に始まったことじゃない」
「よくない」
「他所の大学に乗り込んでストーカーしてた時代よりは数十倍マシだ」
ガシガシと乱暴に頭を掻いた男は田中と名乗った。宇久森の同級生で警察官だという。よれた紺のスーツに革靴という出立ちは、警察官というより仕事に疲れた会社員に見えた。
「それでお姫さん、身体の調子はどうだ?変なモノは検出されなかったんだが……」
「肩が痛いくらいです」
「そうか?調子悪かったら言ってくれよ。未遂とはいえモルモットにされかかったんだ。遠慮なんてしなくていいからな」
「はい」
素直に頷くと、つり目がちな目元が柔らかく下がる。目つきに反して兄貴肌のようだ。鬱陶しそうにネクタイを緩めて懐からタバコを取り出す姿はカタギには見えないが、きっと心優しい青年に違いない。
「おい、いつまで引っ付いてんだ」
容赦なく宇久森の背中を殴る田中。この手慣れている感じからして相当親しい間柄のようだ。グーで背中を強打された宇久森は小さく呻いてから、恨みがましい視線を田中に向けるとしぶしぶ那緒から手を離した。
「………吸ったら殺す」
「吸うわけねぇだろ。ここ病院だぞ」
チョコレートだ、と呆れた声で田中が答える。白い棒状のタバコ擬きを見せつけるように噛み砕くと、納得したのか宇久森が視線を下げた。
( 常識人だ!)
那緒はきらりと目を輝かせる。
まだ出会って数分の付き合いしかないが、田中は常識的な人間だと確信する。それゆえに苦労人であることも那緒は見抜いていた。
きっと学生時代から
尊敬と同時に悲しくなってしまう。
「あとで馳走しますね」
「ほら、お前のせいでお姫さんに憐れまれたじゃねぇか。ふざけんなよ」
「那緒さんに意識を向けられているなんて羨ましい過ぎる。殺す」
「理不尽すぎるだろ......ったく埒があかねえ。お姫さん、体調が問題ないなら今回の一件について話したいんだがかまわねぇか?」
「今回のってあの実験室みたいな所の?」
「いや、違う。全部だ。童裊に刺されたところから、攫われたところまで全部」
やっぱりそこからなんだ。
那緒は静かに頷いた。
ついに夢を終わらせる時がきたのだ。
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