25話


物を貰う習慣とは縁遠い生活を送ってきた。

むしろ奪われる方が多い立場にいた。


相手はこちらを弱者と決めつけ奪い取ることに躊躇しない。

そんな奴らばかり相手にしてきた。

だから奪われないように守る術は知っていても、施された後の対応は知らない。知識はある。たが経験は皆無だった。

なにより、タダより怖いものは無いと教わって育った。無償で得られる物には大なり小なり必ず対価がついて回る。最初こそ善意で行われていたとしても、施すうちに心変りするのだと。


実際にそうだった。腐るほど見てきた。

「こんなに尽くしたのだから」と意味の分からない理由をこじ付けて、強引に搾取しようと手をあげる。拒絶すれば激情して「金を返せ」と喚き立てた。

落としていった物に感謝はするし誠意も見せるが、それは従属するという意味ではない。そんな簡単なことも理解できなくなるくらい人間は損得感情に敏感な生き物だ。だから個人からの受け取らない。私たちはそうやって面倒ごとを回避してきた。そうしてきたのだ。してきたのだが。


ため息。

問答のすえ、どうにか設定金額を下げることに成功したTシャツを手に那緒は息を吐いた。

とはいえ、これでも5000円。那緒からすればまだまだ高すぎる一品に憂鬱になる。


( これ後から請求されたら全財産飛ぶ。確定で飛ぶ。はぁ......泣きそう )


受け取っていいのは、返す覚悟のあるやつだけ。施されるなら返金できる範囲で。

しま◯らを指定したのはそれが理由だったが、ネットで金額を調べた宇久森が「安すぎて怖い」と拒否し問答。お互いに妥協しあった結果5000円に落ち着いたというわけだ。


「不本意すぎる!」


那緒は叫んだ。

家に誰もいないことをいいことに、力一杯叫んだ。ようやく肩から上に伸ばせるようになった両手を広げて不満を吐いた。

さすが高級住宅(予想)叫んでも隣から壁が叩かれる音は聞こえない。


「あー!無理、返せない!」


ボスボスとソファーを叩く。

服だけではない。食事や医療費などを含めるといったい幾らになるのか見当もつかない。総額おいくら万円。こつこつと貯めてきた全ての貯金を払えば端金ぐらいにはなるだろうか。


「.....借金、になるよね」


宇久森が手のひらを返さない方に賭けたいが、残念ながらこの手の賭けに勝った経験は無い。種類は違っても人間。常人と比べて損得勘定は大幅にズレているだろうが、求めて来ないとは考えられなかった。

で、あるならば。

那緒が取るべき行動はひとつ。


「家事するか」


損と感じ求めるのならば、損と感じさせないように動くしかない。身近で、目に見えて、生活から切り離せない仕事。つまり家事だ。

那緒は拳を握りしめる。

家から出られないというのもあるが、日常に密着した仕事であれば賃金を具体的に決めづらいから損得が見極めづらい。


他人の芝生は青く見える。

身内でありそれが日常化すれば、内容を知らない人間は楽そうだと不満も溜まる。だが他人が家事を担っているとなれば話は違う。

母親に部屋を掃除されると苛立つが、友達が部屋の掃除をすると申し訳なさが勝つあれである。

遠慮という感情が働くのか、認識が日常から非日常に変わるので不満は溜まりづらい。


完璧、完璧な作戦だ。


運動も出来るうえに未来の不安要素を回避できる完璧過ぎる作戦だ。那緒は自画自賛した。鼻をふんと鳴らして腰に手を当てる。

まったく己の才能が怖いぜ。


「まずは洗濯!」


そうと決まれば即行動。

那緒は洗面所に向かう。カゴに溜まっているであろう衣類に近づこうとして、ハタッと気が付いた。

ごうんごうんと音がする。

下を見る。カゴは空だ。

そろっとドラム式洗濯機を覗き込むと、すでに洗濯物が回っていた。


「干せば少しは手伝ったことに」


終了時間を確認しようとして那緒は目を見開いた。

こいつ、全自動洗濯機や。

全自動洗濯機とは洗いから乾燥まで自動で行ってくれる賢い洗濯機のことである。つまり止まった時には既に洗濯物は乾いているから、外に干す必要がない。


「.......畳むか」


洗濯物を畳むのだって立派な家事である。那緒は少々落胆した気持ちで洗濯機を撫でた。

今だけは文明の進化が少しだけ憎かった。


「ま、まぁ、家事は洗濯だけじゃないし!」


気を取り直して洗濯が終わるまで掃除をすることにする。本当は夕飯でも作りたいのだが、キッチン侵入禁止令が出されているため大ぴらに手料理を振る舞うわけにもいかない。

部屋の中を見渡す。

リビング周辺に掃除機は見当たらない。


「そういえば掃除機ってどこにあるんだろう?宇久森さんが掃除してるところ見たことないん.....いっだぁ!?な、なに?」


ゴツリと右脛に横から軽い一撃。

痛くは無かったが反射的に痛がって脛を押さえてしまう。なんだと下を見れば黒くて丸い機械がいた。くるくると回って小さな口からハケを出してゴミを吸い込んでいた。


「ル○バ......」


那緒はがくりと肩を落とした。

どうりでハンディー掃除機が見つからないはずだ。那緒はすごすごと道を開けた。障害物を避け器用に角まで掃除できるAI搭載のお掃除ロボットがいれば、己の出番など無いに等しいからだ。

あと自分にできることと言えば、彼(?)の届かない上の埃を取ることくらいだろう。


「......わぁぁ、ハンディータイプのふわふわ埃取りもあるぅ」


那緒はそっと壁にかけてあった埃取りを手に持った。戦力外通告をされたようで心が痛いが、せめて上の方だけはと棚に手を伸ばした。





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