6話


「ホストの方でしたか」


スンと真顔になった那緒。

宇久森は上がりかけていた好感度が、元に戻るどころかマイナスに振り切ってしまったと察した。動揺と悲しみで「おやおや」と呟いてしまうが、それがさらに那緒の不安を煽る。


「しゃ、借金させる気ですね。通常の金融機関でお金を借りられなくなるくらい貢がせて、最後に闇金やサラ金に手を出し、首の回らなくなったわたしをえっちなお店で働かせるつもりなんですね......!」

「内臓の次は夜の蝶とは、那緒さんは本当に想像力が大変豊かですね」

「ひぃっ!?近寄らないで下さい!」


頬に添えられた手をはたき落とし、ズリズリとどうにか後退する。唖然と己の手を眺めていた宇久森だが、悲鳴まじりの那緒の声に正気を取り戻す。

胡散臭い(那緒談)笑みを浮かべて距離を詰めようと腰を上げるも、今度は泣き出しそうな悲鳴をあげられ腰を下ろす。

それを見届けると、ようやく那緒も後退を止めた。が、ガクガクと奥歯が鳴るのは止められない。


「お、おおっ、おおおおお金ないででで」

「はい、存じておりますとも。残高は×××万××円ほどでしたね」

「預金を把握されてる!?や、や、やっばりお金をををを」

「しまった。悪手でしたか」


そっと宇久森が手で口を覆うがもう遅い。

労りの言葉や態度は女を落とすための手練手管として映り“宇久森真はホスト“だと那緒に認識を改めさせてしまう。

財布に残っている3万1089円を思い出して那緒はぺそぺそと涙を流す。

きっとあの子たちはもういない。


「わたしの可愛いおこどもたちが.....」

「取ってません!取ってませんから!」

「通帳からは取ってない。でも財布からはー?」

「財布からも取ってません!」


すこし遠い位置からタオルと箱ティッシュが差し出される。えぐえぐとタオルを受け取り涙を拭う。口を拭いたタオルとは別のタオルだと気付いて那緒は顔を歪めた。随分と用意がいい。

やっぱりこいつは女ったらしだ。

こちらに来るな、と那緒は唸る。


「お金無いです貧乏なんです借金は地雷です連帯保証人にはなるなって死んだ祖父の遺言があるんで名前は書けません名前も通帳もお貸し“で“き”ま“せ”ん“」

「那緒さん施設出身ですから祖父の顔どころか親の顔も知らないでしょう」

「こ、こここ個人情報を握られてる.....!ってことは収入も.....やっぱり!やっぱり消費者金融に借金させる気じゃないですか!ヤー!」

「うーん、どうしたものでしょう」


拾ってきた猫のように威嚇を止めない那緒を見て、困ったように宇久森は微笑む。ぜんぜん困ってるようには見えなかった。


「僕は裏社会の人間ではないのですが.....。ああ、猜疑心の塊のような目をなさってますね。これは、違うとだけ言っても信じてはもらえませんね」

「ゔー」

「ふふっ、このままでも仔猫のようで大変可愛らしいですが、いつまでも心休まらないというのは那緒さんの身体に影響がでますからね。ここはひとつ、自己紹介といきましょうか」

「偽装戸籍」

「その証明は出来ないので、保険証と免許証にパスポートを用意しておきます。思慮深い那緒さんのことですから、それで全ての疑いが晴れるとは思っていませんが、多少は安心できるでしょう?」


いかがなさいますか。

やけに楽しげな様子で提案する宇久森に那緒は眉を潜めた。


「なんならへその緒も用意しますよ」

「それは結構です」

「おや残念です。では準備をしてきますね」




宇久森はにこやかに部屋を後にした。

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