第20話 心の内

「だけど、どうか......どうか、お願いします............。それ以上は、やめてほしいんです。私からかがりを奪わないで......ください」


「............」



何も言えない女生徒。



正直俺も、何を言って良いのかわからない。


だけど、俺は癒乃ゆのねぇと離れるって決めたんだよ。

そのためには癒乃ねぇに嫌われることも辞さないって、決めたんだ。


それにあのチャラ男先輩もいるかもしれないし、ここは俺がきちんとしないといけないところだろう。

一時的に癒乃ねぇを傷つけてでも、ここはちゃんとすべき・・・・・・・ところ、だろう。



「は、ははは......。な、何言ってるんですか、癒乃ねぇ。奪うも何も、俺はもともと癒乃ねぇのものじゃないですよ」


「そ、そうかもだけど!......篝はずっと私のこと、大事にしてくれた!」



うっ......。

目を開けてないとはいえ、そんな涙目でこられたら俺の決意も揺らいでしまう......。



「......今までだけです。もう大事に思ってません」


「うそ!ならなんで執拗に私から離れようとするの!?なんで私が告白されてるところ覗いてたの!?」



ぐっ......、それを言われると痛い......。


告白してくれた子は黙って下を向いたまま置いてけぼりになってしまっていて、そちらにも申し訳が立たない思いだ。



だけど、ここで引き下がるわけにはいかない......。



「そ、そりゃあ、殺されそうになったら、離れるのは自然、でしょう?あと、覗いてたのはたまたまその場を見かけたので、単に野次馬根性を発揮しただけですよ......」



くそう......。

こんな嘘まみれのセリフを吐くなんて、俺らしくもない。


相手を傷つけることだけを目的とした言葉選び。

これでは傷つけないため・・・・・・・に離れようとしてこんなこと言ってるのに、そのために傷つけてしまっているじゃないか。


そんな俺の心の揺らぎはかんたんに看破されているようで、さらに癒乃ねぇの追撃は止まない。



「そんなわけない......。なら......なら、何であの日、私が告白された日、あんなに落ち込んでたの!?」



!?!?!?

落ち込んでたって、何でバレてんだ!?



「その顔......やっぱり、やっぱり落ち込んでくれてたんだ!」



嬉しそうな表情をする癒乃ねぇ。



「なっ!?カマかけたんですか!?」




癒乃ねぇこそ、やめてくださいよ......。

そんなふうに割り込まれたら、また諦められなくなるじゃないですか。



「それにさっき篝は『好きな人を諦めるために』その子と付き合うって言ってた。好きな人って私なんでしょう!?」



やっぱしそこも聞かれてたか......。


「............別に落ち込んでませんし......。それに、俺が「好きな人」って言っただけで自分のことだと思うなんて、自意識過剰では?」



その俺の言葉は流石に癒乃ねぇにもダメージを与えたらしく、さっきまで凄まじかった勢いが止まって、俯く。


そしてしばらく黙ったかと思うと、俯いたまま、小さな声で呟きだした。



「......だって篝は私のためだけに、これまでたくさん頑張ってくれたじゃない。私、ちゃんと見てたし、知ってる」



それから段々勢いを吹き返すように、強く言い放った。



「だから......だからそんなに簡単に私のこと諦めないでよ!」



ピクッ。




これまでテンパっていた俺の頭が急に落ち着きを取り戻した。

いや、これは落ち着いたというより......。



「............簡単に、諦めた............?」


「え......か、篝?」


「本当に、俺が簡単に・・・諦めたって思ってるんですか......?」


「え、えー......っと」


「俺が!この何年もの間!どんだけのことをやってきて!それでも!結局大した成果もなく病院送りになって!どんだけの想いで癒乃ねぇを諦めたと思ってんですか!!!」



むしろ急激に頭に血が上ってしまっている。



「簡単だったわけないでしょう!?どれだけ癒乃ねぇのこと好きだったと思ってんですか!あぁそうですよ、俺は癒乃ねぇのこと、昔から好きですよ大好きですよ愛してますよ!癒乃ねぇのためだけにいろんなことしてきましたよ!」



頭の奥深くでは止めなきゃいけないと思いつつも、溜まっていたものが限界に達して吹き出るように、言葉が口からでて止まらなくなってしまった。



「小学校のころから運動とか救急救命の訓練をして、癒乃ねぇの魅力で自分の心臓がやられないように鍛えて、周りの人を助けてできるだけ癒乃ねぇが傷つかないようにしてきましたよ!」


「知ってるよ!そうやってずっと篝は私のこと助けてくれた!」




「じゃあ、俺が小学校のころから目を開けるの止めてたのは知ってますか!?癒乃ねぇの人知を超えた美貌を直視して心臓を止められないようにしてたのは!?周りの様子とかも全部他の感覚で補ってきたことは!?ただの糸目だと思ってたんじゃないですか!?」


「............え......っ?」




「そこまでしても、未だに毎朝癒乃ねぇの部屋に起こしに行ってたとき、いつも瞬間的には心臓止められてたんですよ!?自力で蘇生してたんですよ!?」


「う、うそっ......」




「そんだけやって......、そんだけやっても結局だめだったんですよ!俺は癒乃ねぇの側にいる資格なんてないんです!そうやって諦めたのが簡単だったって、癒乃ねぇはそう言うんですか!?」



はぁはぁはぁはぁ............っ。



息を切らすまで言いたいことを言い切って、ようやく落ち着きを取り戻したときには、いろいろと手遅れだったようで。





涙を流しながらもニヤニヤとしている癒乃ねぇと、相変わらず俯いたままの女生徒が目に入った。



「......な、なにニヤニヤしてるんですか......」


「いや、だって、篝がそこまで私のこと大好きだったなんて、嬉しくって......。でも、だったらその子とはお付き合いしないでほしいなって......」



......っ!


「だから、それも含めて諦めたって言ってるのがわかりませんかっ?そんな僕の情けない部分も認めてくれたこの子と、お付き合いさせてもらおうかって、思ってるんです!」






「......全然、諦められてないじゃない」


「え?」



それまで沈黙を貫いていた告白してくれた女生徒が重々しく口を開いた。



「私、惑衣まどいくんがいざな先輩を忘れるために便利に扱われるのは耐えられるけど、惑衣くん自身が傷ついて贖罪するために使われるのは嫌」


「しょ、贖罪だなんて......」


「贖罪でしょ!?誘先輩を傷つけた分だけ、自分も傷つかなきゃって思ってるんじゃないの!?そうやって、傷の分だけ誘先輩との接点を作ろうとしてるんじゃないの!?」



!?!?!?



「私だって、誘先輩ほどじゃないけど、ずっと惑衣くんを見てきたんだから、それくらいわかるよ......」



図星だった。

自分でも十分理解できていたわけじゃない心理を言い当てられたと思った。



そこから彼女がさらに続けた言葉は、告白とは真逆のそれ。



「私は、ずっと誘先輩に尽くすためにキラキラ頑張ってる惑衣くんが好きだったの......。本当はそのキラキラを私に向けてもらいたいって思ってたけど......。でも、そんな辛そうな顔させるためにお付き合いしたいと思ったんじゃ、ないから。だから、そんな、自分が傷つくためだけに諦める惑衣くんのことは、好きじゃないよ!」

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