第15話 癒乃と絡まない1週間

癒乃ゆのねぇの家まで、ご両親にお礼に行ってから、つまり、最後に癒乃ねぇに声をかけてから1週間が経った。


当然、朝は起こしに行ってないし、帰りも適当に寄り道して癒乃ねぇと帰りの時間が被らないようにした。


俺たちは学年が違う。

この学校は学年ごとに階が違うから、廊下で会うことはほとんどない。


それでも下駄箱や食堂なんかで癒乃ねぇの姿を何回か見かけたりはした。

いや、実際は学校では基本目を閉じて生活してるから、「見かけた」はおかしいんだけど。


俺が癒乃ねぇの存在を感じ取り違えるはずがない。


俺は見てはいないけど目が合うたび、癒乃ねぇが何か言いたそうな表情を俺に向けている気がしたけど、結局お互いに話しかけることはないままだった。



そして、今日も下駄箱の玄関前で癒乃ねぇとニアミス。


目を閉じていても、やっぱり癒乃ねぇが悲しそうな、どこか気まずそうな目をしていることが感じ取れる。




うぅ......心が痛い......。ごめんなさい、癒乃ねぇ......。


でも、これは自分で決意したことで。

しかも、この行動自体が癒乃ねぇを傷つけることもわかった上で選んだんだ。


だから、俺が苦しむ資格なんてない。




と、俺が感傷に浸っているうちに、癒乃ねぇは玄関を出ていく。


気になるのは、癒乃ねぇの側に、知らない男子生徒が並んでいることだ。

金髪でチャラそうな印象を抱かせる3年生。


別に仲良さそうにしているわけではない。

むしろどこかぎこちなさを感じる。


彼は一見チャラそうに見えて、実は奥手なのかもしれない。



その男子生徒の内面なんて全く知らないけど、このあとに起こるであろうイベントは想像に難くない。




体育倉庫で寝取られて..................なんて展開、ではないだろう。



<あぁ、これはこのあと、彼は癒乃ねぇに告白するんでしょうね>



心の中で1人納得する。










俺が癒乃ねぇの側から離れて1週間。

その間にとある噂が学校中に流れ、ちょっとした騒ぎになっていた。



惑衣篝まどいかがり誘癒乃いざなゆのが別れた。




癒乃ねぇのいる3年生はもちろん、俺の学年1年生、さらには2年生にまで騒がれているんだとか。



もちろん、そもそも俺と癒乃ねぇが付き合っていた事実はない。


もしかしたら両思いワンチャンあるかもしれないとは思っていたりしたけど、それだけ。俺たちはずっと、ただの幼馴染。



以前からなにか聞かれたりからかわれたりするたびに、付き合ってない、ただの幼馴染だって説明はしてきたのに。


それなのに、ここにきて「別れた」と噂が広まった。



みんな俺の言葉信じてなかったんだなぁ〜。


まぁ、そりゃあそうか。

朝も昼も夕方も、俺はずっと癒乃ねぇの近くでうろちょろしてたし、癒乃ねぇが何かしでかすたびに俺が勝手に出張でばって行ってたし。


普通に考えれば、仲いいだけでできるレベルは超えてるし、付き合ってると思われてもおかしくないくらい、俺たちはべったりだったかもしれない。



そんな俺たちが一切近づかない、言葉も交わさない、となれば、別れたという話の信憑性も、必然高くなるというものだろう。



癒乃ねぇの話題がでてしまうと、会って話したくなってしまう。

だから、できるだけ癒乃ねぇ関連の話は耳に入れたくないんだけど、無神経というか、好奇心旺盛というか、俺のところにその話題を持ってくる生徒は少なくなかった。


まぁ、友達付き合いとか学校での生活を普通にしていくためにも、邪険に扱うことはないんだけど。




ともかく、そうした噂に、俺が「そもそも付き合ってない」と答えたことで、誘癒乃フリー説が周知され、この数日間で告白ラッシュが起きている。

チャラそうな彼も、おそらくそのうちの1人なのだろう。




あれから癒乃ねぇと話してないから、本当のところどうなってるのかは把握できていないけど、噂によれば、いまのところ全員にお断りをしているという話だ。


救急車が呼ばれていない当たり、今までの告白に表情の1つも変わることはなかったんだろうというのは想像に難くない。


だって、もし告白に喜んだり、悲しんだり、ともかく感情がノッた素敵な表情をしてしまった日には、目の前の男子の生命はおそらくそこまでだろうから。



まったく、誰も彼も命知らずなことだ。





告白を断っている理由......。

これも噂だけど、「誰かと付き合う気はないから」って答えているらしいんだけど。


もし本心が......俺のことが好きだから............とかだったら嬉しいん、だけどなぁ。


いや、本当にここは喜んでいいところなのか?


わざわざ距離を取ってまで離れようとしてるんだ。

むしろ、当初の予定通り、ちゃんと嫌われて、他の男に奪われて、ちょっと悲しくなりつつ身を引いていく方針を、俺はそろそろ取ったほうがいいんじゃないか?


といっても、俺より癒乃ねぇを傷つけるかもしれないようなしょーもない男に癒乃ねぇを任せる気なんてさらさらないけど。









それか、俺が癒乃ねぇのことを諦めて新しい恋を見つけられれば、それで終わる話でもあるかもしれない。

別に癒乃ねぇに彼氏ができるのを待つ必要もない。



ありがたいことに、俺と癒乃ねぇの破局疑惑が蔓延したことで、なんと俺に告白してくれる女の子も結構現れてくれた。


癒乃ねぇ同様、今は付き合う気がないから申し訳ないけど、とお断りさせてもらっている。


だけど、もし、告白してきてくれる子の誰かと付き合えば、癒乃ねぇと距離をとるのも、相対的に易しくなるかもしれない。





まぁ、そんな、俺の感情を整理するために女の子を利用するようなことは、できないんだけどね。



とりあえず、あのチャラい先輩と癒乃ねぇがどんな感じになるのか、見に行ってみよう。



......危ないことになったりしたら流石に止めないといけないからね?

別に、距離を置くっていったのに近づこうとしてるとか、どうしても気になって覗きに行きたいからとかじゃないから。


ほら、もしチャラ男先輩が急に手を出したり、逆に癒乃ねぇの魅力に心臓ハートを撃ち抜かれて蘇生措置が必要になったりする可能性もあるわけだしね。






うん、そうだ、この尾行は必要なことなんだ。


俺は自分にそう言い聞かせて、彼女たちのあとをつけてみた。

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