第13話 まず手始めに

「この度はかがりの命を助けていただいてありがとうございました!」


「「ありがとうございました」」


第一声は母さん。

それに続く俺と父さん。


玄関で頭を下げる俺たち家族3人と、「頭を下げたりしないで」と慌ててそれを制するいざな家のご両親。


「本当に頭を上げて!もともとうちの癒乃ゆのが調子に乗って篝くんを誘惑しちゃったりしたのが原因なんだし、私達はただやらなきゃいけない義務を果たしただけなんだから!」


やっぱりいい人たちだ。




ちなみにこの場には癒乃ねぇはいない。


俺に合わせる顔がないとかで、病室にもお見舞いに来てくれてはいなかった。


つまり、俺が癒乃ねぇと最後に対面したのは、あの日の朝、癒乃ねぇを迎えに行ったときだ。


そこで何があって心臓が止まることになったのかは覚えてないけど、何かしら癒乃ねぇからの誘惑があって、俺の許容量を超越してしまったんだろう。


今も部屋に引きこもって俺と顔を合わせないようにしてくれている。






..................気を、遣わせてしまっている。



もちろん癒乃ねぇ自身がショックで動けなくなってるとか、俺と会いたくないというのはあるんだろうけども。

でも多分、どっちかと言えば、会ったはずみにまた俺が倒れたりしてしまわないように、っていう配慮の側面が大きいんじゃないだろうか。


流石に何年も一緒にいるんだから、それくらいの癒乃ねぇの心の機微くらいはある程度推察できる。



こうして癒乃ねぇが俺と会わないように気を遣って閉じこもっている、ということからも、俺が倒れたことが少なからず癒乃ねぇを傷つけてしまったことを改めて実感する。


......やっぱり、俺は癒乃ねぇから離れたほうが良いんだ。


調度いい機会だ。

この場には、ウチと向こうの両親が揃っていて、癒乃ねぇはいない。癒乃ねぇだけが、いない。


まずは手始めに話を通しておくには、とてもおあつらえ向きのシチュエーションだろう。



「父さん、母さん、ぜんさん、冶綸やいとさん。ちょっと、聞いてもらいたいことが、あります」




*****



「そう......。篝くんは癒乃から離れるつもりなのね......」



それから一通り、今の考えを4人に伝えた。


それに対する彼らの反応、その第一声は、冶綸さんの、悲しさと諦めを孕んだような一言。



「はい......すみません......。俺が弱いばっかりに......。でもまた自分が癒乃ねぇを傷つけたことを、これからも傷つけるかもしれないってことを、許せそうにもないんです......」


「そうか......。篝くんのことだから、相当いろいろ考えて出した結論なんだろうね......」



優しい物腰で俺の言葉に返してくれたのは、癒乃パパである繕さん。


普段はいつもユルく、ニコニコとした表情を崩さない彼。

そんな、ふわふわと掴みどころのない彼も、どこかぎこちない沈痛な面持ちで俺に向かってくれている。



「はい。今回のことは最後の引き金と言うか。実はこれまでも時々考えてたんです」


そう、トレーニングをしたりしても、救命法の勉強をしても、結局は足りないんじゃないかって。


「普通に過ごせてるように演じてる分、俺が倒れたりしたら、癒乃ねぇは他の人を傷つけたときよりも大きなショックを受けちゃうんだろうなって」


癒乃ねぇはかなり俺に気を許してくれてる、と思う。

だからその分、余計に傷つくんだろうって。


「今回はその予想が多分現実になっちゃってるんですよね。今も癒乃ねぇは部屋で落ち込んでるんじゃないですか?」


「あぁ......まぁそういう部分は、ある、だろうね」



繕さんたちも、他ならぬ娘の心理状態くらいはおおよそわかっているのだろう。



「そういうわけなので、まず手始めに、明日から朝迎えに来たりするのを、やめようと思います」



意思の確認も終えて、さっきも話した通りの今後の対応について再度伝える。










しばらく耳が痛くなるくらいの静寂が流れたあと、冶綸さんが沈黙を破った。


「..................わかったわ。篝くんが決めたことに口出しはできないからね」


そう言って同意の意を示して続ける。


「でもね、私達も癒乃も、篝くんがこれまでいっぱい頑張ってきてくれたことも見てきたし、たくさん助けてもらってきたわ。今回だって、間違ってもあなたに傷つけられたなんて思うわけないからね」



..................。



「だから......いえ、これは私達の我儘だけど、できるなら篝くんにはこの先も癒乃の側にいてほしいって思ってるし、今言ってくれたこれからの対応についても、いつでも撤回してくれてもいい、からね......」


あぁ、やっぱりこの人たちは、いい人たちだな。


「そうよ、母さんたちも篝の頑張りは見てきたんだから。あなたが本当にしたいように、していいんだからね」


父さんも無言で頷いてくれてる。

うん、俺は両親にも恵まれたな。




けど、ここまで言ってもらっても、今は俺がした決断を覆せそうにはない。


「ありがとうございます。だけど......やっぱりしばらくは距離を置こうと、思います」







俺のその言葉に、みんな神妙の面持ちをしつつ頷いてくれて、その場はお開きになった。



*****



コンコンッ。



..................。



返事がない。ただの空き部屋のようだ。




いや、空き部屋じゃないよ。中に癒乃ねぇいるよ絶対。



「......癒乃ねぇ?」


がたがたがたっ!


いるはずの部屋に、外から声をかけると、癒乃ねぇが動揺して暴れて何か落としたんだろう。

すごい音がしてきた。



「えっと、癒乃ねぇ?いるんですよね?」



..................。



少し待ってみても返ってくるのは沈黙だけ。


そっか、無視するんだ......。



............まぁいいか。顔を突き合わせて話したりしたら、この決意も揺らいじゃうかもしれないしね。


「それじゃあ、聞いてるって思って勝手に話しますね」



反応はないから、いいってことかな。



「癒乃ねぇ......。あんまり長話するのもなんですから、要件だけ言いますね。俺、明日から朝起こしにこないと思います。だから、自分で、起きてくださいね。あと登下校も、これからは迎えには、いかないと、思うので......」



これで、とりあえず直近で必要なことだけは伝えられた、だろうか。



............。



本日何度目かの沈黙が痛い。


しばらくしてから、トンっと小さな音が耳に響く。

癒乃ねぇがドアの反対側に背を預けたんだろう。


そうして、部屋の中から、か細いつぶやきが聞こえた。





「..................篝は、私のこと、もう嫌いに、なっちゃった?」

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