第12話 帰り道

病室で目覚めてから1日経って、1日かけて再検査した結果、特に異常らしい異常も見当たらなかったので、無事に退院させてもらえることになった。


一般に、心臓が止まってから心肺蘇生法を実施するまでに5分から8分ほどかかってしまうと救命の可能性がぐっと低くなってしまうと言われている。

逆に心肺停止から1分と経たない内に心臓マッサージや人工呼吸を適切に実施できていれば、助けられる見込みがかなりあがる。


そして、救急救命活動が始まるまで、つまり心臓が停止している時間が長いほど、脳に血液が送られなくなり、損傷してしまい、植物状態などになってしまったり、なにかしらの後遺症が残ってしまう確率が高まる。


今回はラッキーなことに、心臓が止まってからいざな家のご両親に心肺蘇生法を実施してもらうまでにほんの数秒しかラグがなかったこともあり、俺の身体への悪影響は今の所特に見られない。


もちろん、時間差で何か問題が発露する可能性はあるので、しばらくは経過観察が必要だけど、ひとまず普通の生活に戻っていいと言われた。





そして今、自分の両親に迎えに来てもらって、車で帰宅の途中。


「とりあえず何もなくてよかったわね〜」


車の後部座席、運転席の後ろに座っている俺に、母さん、惑衣愛火璃まどいあかりが車の助手席から首を回すようにして、ゆるく話しかけてくる。


「ほんと、なにもなくてよかったです。癒乃ねぇにも変な罪悪感を持たせなくて済んで一安心ですよ」


「うんうん、でも癒乃ちゃんもすごく心配してたわよ」


やっぱりそうなのか......。


冶綸やいとさんたちは昨日の夜、俺のお見舞いから帰ってから、うちの両親に謝りに来てくれていたらしい。

母さんたちは、そのとき一緒に謝りに来た癒乃ねぇの様子も見たらしく、憔悴した姿だったことを俺に伝えてくれた。


「それにしても、別に癒乃ちゃんが悪いわけじゃないのに、不条理な話よねぇ〜」


「ほんとに......そうですよね......。俺がもっと助けてあげられたら......、何があっても今回みたいな醜態をさらさないようになれたら、よかったんですけど......」


「何言ってるの!かがりは十分頑張ってるわよ!だから今回のことだって、変に気負うこと、ないのよ?これは誰も悪くない話なんだから。だから、篝が変に気を遣って無理になにかする必要なんて、ないのよ?」


癒乃ねぇのために、癒乃ねぇと距離を置こうと考えている俺の心を見透かしたかのように、優しい言葉をかけてくれる母さん。



ちなみに運転席でハンドルを握っている父さん、惑衣燎まどいりょうは、いつも通り無口なままで特に何も言葉は発さない。


でも今の母さんのフォローの言葉に同意するように、前を向いたままではあるけど、優しい表情でうんうんと首肯している。

父さんも、俺の頑張りを認めてくれているということのようだ。



「それにしても、今回何も問題なかったのも、かがりがいつも頑張ってるのはもちろんだけど、ぜんくんと冶綸やいとちゃんが素早く手当してくれたおかげね〜」



まったくだ。

俺自身の頑張りがどれほど効果あったのかはわからないけど、癒乃ねぇのご両親には頭が上がらない思いだ。


あぁ、ちなみに、「ぜんさん」こと誘繕いざなぜんさんは、癒乃ねぇのお父さんで、昨日俺が倒れた時に冶綸さんと一緒に心肺蘇生法を実施してくれた大恩人。


いざな家のご両親は、娘がそういう体質だからか、心肺蘇生に関して一家言持っている。


基本的に繕さんが心臓マッサージと人工呼吸を担当して、冶綸さんが救急車に電話したりAEDの準備をしたりするという分業をする。


今回は自分が倒れていたのでその様子を見ることができたわけではない。


でも、昔、2家族合同で行った旅行のときなんかに、癒乃ねぇがふと他所様の心臓ハートを撃ち抜いてしまったときに、繕さんと冶綸さんのその凄い手際を披露しているところを、何度か間近で見たことがある。


あれには、普通の人より心肺蘇生の訓練と実践を重ねてきた自負のある俺も、全く叶う気がしない。それくらいの鮮やかさだった。


今回も同じように対処してくれたのだろう。



そういえば病室では謝られてばかりで、実はほとんどお礼ができていなかった。


「本当に頭が上がりませんね。お世話になったことですし、後で2人にもお礼を言いに行かないといけませんね」


「そうねぇ〜。後で一緒にお礼言いにいきましょうか〜」






「......一緒に、いきましょうか......」


あ、父さんが、しゃべった。

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