第9話 癒乃の回想1

昨日、久しぶりにクラスの男の子の心臓を止めてしまった。


もちろんわざとなんかじゃなかった。


落としたノートをクラスメイトが拾ってくれて嬉しかったから、つい表情が緩んでしまった。それだけだったのに。


彼は一瞬、天にも上るかのような幸せそうな表情を見せたあと、白目をむいて泡を吹いて倒れてしまった。


こういうことは初めてじゃない。

ここしばらくはなかったけど、1年に1、2回くらいは起こしてしまってきている。


それでもやっぱり久しぶりだから、すっごく動揺して腰を抜かしてしまった。


私のこんな体質が始まってしまったのは小学校の低学年のころだった。


その初めての犠牲者がかがりだった。




もともと私は引っ込み思案だった。

同学年で仲良くなれる子はいなくて、小さい頃からずっと側にいたかがりだけが一緒に遊ぶお友達だった。

他の子からいじめられるとかはなかったんだけど、遊ぶのは篝だけ。


そのころはまだ好きだと自覚してたわけじゃなかったけど、少なくとも大事な人だとは認識していたと思う。


構ってくれるのが嬉しくていつも一緒に居たけど、私の方がお姉さんなのに、いつも面倒を見てくれる篝にちょっとだけ引け目みたいなのを感じていた部分があった。


だからかな。

もともとの引っ込み思案も手伝って、優しくしてくれる篝の前でも私は昔からあんまり表情豊かな方じゃなかったし、好きという気持ちよりも申し訳ないという気持ちが思考を占有していた、と思う。


それが変わったのはあの日から。



篝の家族と私の家族は仲が良くて、定期的に家族ぐるみで旅行に行ってたりした。


私が小学校3年生の夏休みに行った旅行。

そこで私は深くにも迷子になってしまった。


物語ではありきたりなシチュエーションだけど、恐くて動けないし、泣きそうになっていた私を、篝が見つけてくれた。


そのとき篝はまだ小学校2年生で、あちこち歩き回れないはずだったのに、両親よりも先に私を見つけてくれた。


といってもそれは、実は私が居た場所がホテルからすぐそこで、灯台下暗し的な感じだったからなんだけど。


ともかく、そんなありきたりなシチュエーションでも、当時の私にはインパクトがあった。

篝は、迷子になった私を見つけた瞬間、優しい笑顔で手を差し伸べてくれた。


その瞬間から、私には篝が王子様にしか見えなくなった。







それがいけなかった。


すぐ近くにあったホテルについた瞬間、心の底からホッとしてしまった私は、確か少しの涙をたたえながらだったと思うんだけど、私の王子様に満面の笑みを向けて「ありがとう」と伝えた。


篝は一瞬、目を見開いて頬を染めたかと思うと、急に苦しみだして、すぐに倒れてしまった。

これが私が初めて男の子の心臓を止めてしまった瞬間だった。



そのときはホテルの人に救急救命の心得があったからすぐに処置して病院に行って、事なきを得たんだけど......。


最初は何が起きたのか分からなかった。

というか、まさか笑顔で人の心臓がほんとに止まるなんて、思わないでしょ?


お医者さんもはじめは、なぜ急に心臓が止まったりしたのかわからないということだった。


理由がわかったのは篝が目覚めてしばらくしてからのことだった。

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