Christmas short story
さすらい
Christmas
「なあ吉野、靴下用意したか?」
先ほどまで私のいた教室で、そんなふざけたことを聞いてきた森川という友人のことを思いだした。僕はその問いに対して
「サンタはいない。高校二年生にもなってこの時期に靴下を用意するような馬鹿はもっといない。」
そう答えた。
なぜこんなことを思いだしたかと言えば、下校後に一人でショッピングモールを歩いていた僕がショーウィンドウの中に展示された大きな靴下をみつけたからだった。そして正確に言うならば、僕が見つけたのは靴下だけではなかった。ショーウィンドウの向こう側の大きな靴下を見つめる小学生らしき男児がそこにいた。
その目は輝いていた。そしてその輝きに引き込まれた僕は思わず子供に声をかける。
「少年、サンタに何を頼んだんだ?」
突然声をかけてきた僕に驚いたのか、その子はビクンと背中を跳ねさせてから丸くなった眼で僕を恐る恐る見つめ返していた。
「、、、ない。」
小さな口から発せられた言葉が僕の耳に届くことはなく、僕は彼に聞き返す。
「なんていった?」
「サンタはいない。」
「サンタはいる。」
僕は即座に思ってもいないことを口にした。
「いないもん。クラスのみんながそう言ってる。」
「クラスのみんながいないと言っていたとして、それがサンタがいないという証拠になるのか?」
「え?」
「仮にサンタがいなかったとして、そのクラスのみんなとやらはその証拠をつかんだのか?」
「それはわかんないけど!みんなお父さんお母さんがサンタの正体だっていってたもん。」
「それは彼らのもとにプレゼントを届けに来たのがサンタではなく両親だった証拠にはなるかもしれないが、サンタがいない証拠にはならない。」
「じゃあお兄ちゃんはサンタ見たことあるの?」
先ほどまでの恐る恐ると言った様子はすでになく、子供相応の元気な声で僕に対してそう言った。僕は少年の後方にいたサンタのコスプレをしてバルーンを配るショッピングモールの店員を指さした。
「あれが見えるか?」
「あれは偽物のサンタでしょ、それくらいわかるよ。」
「賢いな、でも考えが足りない。」
「どういうこと?」
「サンタの恰好をした人間がサンタではないことに気が付いたわけだ。
つまり、逆に言えばサンタの恰好をしていない人間がサンタということもあり得るわけだ。」
「屁理屈じゃん!」
僕はその発言にカチンと来てまくし立てる。
「そもそもなんだが、何をもってしてサンタの実在を問うている?
サンタの実在を問う前に聞くが、君は実在するのか?君が実在するとすれば何を証拠に実在するといえるんだ?」
僕は真顔でそう言って少年の顔を見た。そしてその時ようやく気が付いた。その少年が今にも泣きそうな顔をしていることに。ああ、不味い、そう思った時には彼はもう泣きだしていた。
「でも、でも、サンタはいないもん。いないんだもん。」
顔をぐちゃぐちゃにしながら泣きわめく少年を見ながら今の状況で考え直す。
何か悪いことをしただろうか?
サンタなどいないと現実を教えるよりも、サンタがいると主張した僕はどちらかと言えばいいことをしたのではないだろうか?
「だって、僕にはサンタからプレゼントなんて届いたことないもん!それって僕に親がいないからでしょ!」
泣きわめく少年がそう言った。なるほど、そういうことかと納得して僕はその子に歩み寄った。そして彼の頭を撫でた。
「悪かったよ、追い詰めるようなこと言って。
でも、サンタはいる。お兄ちゃんが保証するよ。」
「ほんと?」
泣くのをやめた少年がそう言った。
「ああ、本当さ。だから今年はちゃんと枕元に靴下を用意しておくんだ。」
「ほんとのほんとに来るの?」
「ああ、約束だ。」
そう言って僕は小指を差し出した。少年はそれに応じるように僕の小指に小さな小指を絡ませた。
「やった。じゃあお姉ちゃんに言って大きな靴下を用意してもらうね。何が届くかな~!」
「ちなみに何が欲しいんだ?」
「えっとね、----」
彼が口にしたのは子供らしい願いだった。
そうか、それは靴下には入らないかもしれないな。と、それを聞いた僕は言った。
さて、困ったことになった。どうしようか。
___________________
「ということがあったんだが、どうしたらいいと思う?」
「どうしたらって、どういうこと?」
翌日、僕は学校の近くの喫茶店で昨日の出来事を友人の
「つまり、サンタクロースを用意する方法を一緒に検討してほしいという意味だ。」
わかりやすく自分の要望を要約した私と森川の前に、マスターがコーヒーを置いてくれた。私と森川はマスターに一礼する。
「なるほど。無理難題だな。というか吉野は昨日サンタクロースはいないと断言していたように俺は記憶してるけど。」
「記憶違いじゃないか?」
「『この年にもなってサンタを信じるような馬鹿は救いようがない』って言ってただろ。」
「僕もそこまでは言ってなくないか?」
「それこそ記憶違いだろ。」
彼はコーヒーを一口飲んで、肩をすくめながら言った。
「まあ、どちらでもいいよ。今年は特例でサンタがいるということにしよう。」
僕もつられてコーヒーを一口飲む。
高校生には少しだけ割高な喫茶店のコーヒーだったが、なぜか僕の家と森川の家の両親は『喫茶店に行ってきなさい』と口にすることが多く、それ相応のお小遣いを渡してくれていた。別のことにそのお金を使おうと考えたこともあったのだが、なかなかどうして居心地のいいこの喫茶店を僕も森川も気に入っていて、放課後はここにたむろすることが多かった。
そんなことを思いながらマスターを見つめていると彼は会釈をしてくる。私も会釈を返す。
マスターは寡黙だ。というか、今まで一度だって話をしてる姿を見たことがない。いらっしゃいませという接客文句も含めて彼がしゃべっている姿すら見たことがなかった。なにか要件があれば筆談という手段で僕や他の客に対してもコミュニケーションをとっていた。その静かさも含めて、この喫茶店は心地が良かった。
「都合がいいな。俺はかまわないけどさ。」
コーヒーカップをソーサーの上に置いて森川が言った。友人の返事を聞いて僕は状況を整理する。
「じゃあ作戦会議だ。存在しないサンタクロースを存在させて、なおかつあの少年にプレゼントを届けなければならないわけだ。これはなかなかに無理難題だと僕は思うね。」
「俺もそう思うな。そもそも件の少年、名前は聞いたのか?」
「
「その恵君とやらの家に煙突はあるのか?」
「彼を家に送り届ける過程で確認したけど、彼の家にあるのは換気扇くらいなものだったよ。」
「煙突の代わりにするには少し狭そうだな。」
「まあ今回は素直に玄関から入ろう。」
それを聞いて森川は夢がないなと笑って見せた。
「そもそもなんだが、玄関からだとしても入れるのか?少し話をしたくらいの少年の家にお招きいただけるとは俺は思わない。」
「さっきの話でも言ったかもしれないけど、恵君の家にご両親はいないらしい。」
「だとしても保護者くらいいるだろ。小学生が一人で住めるわけない。」
「そうだな。そしてその保護者とやらがどうやら僕らと同じクラスにいるらしい。」
「え、まじで?」
「まじだよ。クラスに黒川明日香っているだろう?その子が恵君の姉らしい。」
「高校二年生にして弟と一人暮らしか。それはまあ、サンタが来なくても驚かない。」
「ちなみに明日香さんと話したことはあるか?僕はない。」
「去年から一緒のクラスだろ、普通にあるよ。バイトに忙しそうな子だったけれどそう言う理由があったのか。」
「よかった、じゃあ森川は明日香さんにクリスマスイブに家に遊びに行っていいか聞いてみてくれ。」
「嫌だよ、吉野がやれよ。」
僕は少し言いづらいながらも彼に言う。
「昨日、明日香さんの愛する弟を論破して泣かせたせいでかなり警戒されてしまっている。」
それを聞いて森川は腹を抱えて笑った。それはもう抱腹絶倒という四字熟語を体現するかのように。
「そんなに笑うことないだろ。」
「いや、お前がちゃんと小学生を泣かせた罰を受けてるようで何よりだと思ってさ。わかった、その役は俺が引き受けるよ。まあそれは良いとしてさ、」
「いいとして?」
もったいぶったように言う森川に僕は聞き返した。
「本当にサンタ役をやるつもりか?」
「もちろん。」
僕は即座にそう答えた。それを聞いて森川は少し考えてから口を開く。
「今年はまあいいよ。でも来年はどうだ?サンタがいると信じた恵君は来年もサンタを待つんじゃないか?」
「そうかもしれないな。」
「俺たちは来年もサンタをやるの?」
「それは、、、厳しいな。」
僕らは高校二年生だ。来年は受験勉強に忙しい。本当なら今も忙しいのだ、こんなことをしている余裕はない。
「だろ?だったら吉野が正直に『サンタクロースはいない。ごめんなさい。』と口にするのはどうだ?」
「そうするとどうなる?」
森川は笑った。
「どうもしないよ。小学四年生なんてサンタがいないと気が付き始めるころだろう?別に今更サンタを信じなおす必要なんてないさ。それに明日香さんはどうする?サンタを信じた弟が来年もプレゼントを所望したらそれを渡さないことに罪悪感を覚えるんじゃないか?俺たちが介入することでいいことなんてない。」
「一理ある。」
「さらにだ、俺は今から大事なことを言うぞ。」
僕は頷き、森川はそれを合図に口を開く。
「サンタクロースはいないんだ。どちらかと言えば今嘘を吐いているのは明らかに吉野だ。」
とてつもない正論だった。どうしようもない現実だ、サンタクロースはいない。少なくとも皆が想像するような赤い服を着てひげを蓄えたおじいさんがプレゼントを持ってやってくることはない。
「たしかに、森川の言うとおりだ。」
「だろ?やめとけよ。別にいいだろ、サンタなんかいなくても。」
「サンタがいないのも事実だ。」
「そういうことだ。」
「でも、」
僕は森川にそう言った。森川は僕のことを見ている。
「存在しないものを存在しないと言い張るのは、誰にでもできると思わないか?少なくともそれは僕たち以外にもできるんだ。そんなのは、それこそ誰かに任せればいいだろう?
それにさ、初めからサンタがいないのとサンタの正体が実は優しい大人だったのとではそれはまったく違うだろ。やろうよ、サンタ。」
僕は笑う親友にそう言った。そして彼の答えももう知っていた。
「気に入った、やろうぜサンタ。プレゼントは何にする?」
「それはもう決まってる。恵君が欲しいものを教えてくれた。」
「へえ、それはどんな?」
そう聞いた森川と僕のテーブルに、ケーキが乗った二つの皿が置かれた。驚いて顔を上げると、マスターが立っていた。どうやら僕らの心意気にサービスをということらしい。
___________________
12月24日
僕と森川は明日香さんに連れられて黒川家に向かっていた。森川が明日香さんに「弟君と一緒にクリスマスパーティーをしたいんだけど、どうかな?」と提案すればとんとん拍子に話が進み、今日にいたる。
「本当はこの時期は時給が高いからバイトをしたいんですけどね。恵を一人で家に置いておくのもかわいそうだと思ってクリスマスイブは毎年家で過ごすことにしてるんです。」
沈黙に耐えかねて、明日香さんが口を開く。
「そうなのか。それは何というか大変だな。」
僕はそう口にした。
「全然気持ちがこもってないぞ吉野。」
「森川、それは思っても口に出さなくていいんだ。」
「失敬、以後気をつけるよ。」
実際問題として、僕は黒川家のクリスマス事情に興味などなかったから森川の指摘は正しい。しかしそれを指摘するのはいかがなものだろうか。
「でも、実際大変じゃないか?高校生と小学生が二人で暮らすっていうのは。」
僕がそう言うと明日香さんは首を振った。
「大変なんてことないですよ。幸い日本は福祉制度がしっかりしてますから。二人で暮らすだけなら問題ないんです。」
「そうなのか。」
まったく信じられなかったし、おそらくこれは強がりだろうとは思ったけれどそれ以上に追及することはしなかった。しかし、僕の代わりに森川が聞いた。
「でも、いつもバイトに忙しそうじゃない?」
そう聞いた森川に明日香さんは言う。
「そりゃ、恵を大学に行かせたいですし。私も大学に行ければいいなと思いますし。備えあればってやつですよ。」
恵君を大学に行かせたいという言葉が先に出るというのはすごいなと僕は思った。
「すごいね、明日香ちゃんは。成績もいいし。特待生だよね?」
「ええ、まあ。隣の翼君には負けますけど。」
突然名前を呼ばれた僕は驚き、なんと言えばいいかわからなくなった。当たり障りのない謙遜を口にする。
「人より少し勉強が得意なだけだよ。明日香さんも十分すごい。次のテストでは順位が上がるように頑張って。」
我ながら好青年のような返答ができたのではないかと思ったけれど、僕の言葉を聞いた明日香さんは不機嫌そうな顔をしていた。何か間違えただろうかと考えていると、その答えを森川が口にした。
「ナチュラルに挑発するなぁ。明日香さんは総合二位だからお前にかたないとこれ以上順位が上がらないぞ。」
「それは知らなかった。」
「私、眼中にもないってことですか?」
「いや、そんなことは。」
「あるだろ。」
即座に否定の言葉を口にした僕に対して森川がにやにやと笑いながら言った。観念して正直に言う。
「まあ、ないと言えば嘘になる。」
明日香さんがため息を吐いた。
「学力なんて、比べるものでもない。」
「慰めなんていりません。一位の椅子、温めといてくださいね。」
「座り心地は保証しない。」
その返事が気に入ったのか、明日香さんは微笑んだ。その表情は存外魅力的で、僕は少し驚いていた。
「到着です。」
明日香さんは森川と僕にそう言った。目の前に見えたのは決して新しいとは言い難いが、ぼろぼろの、という形容詞を用いるほどでもないくらいのアパートだった。
「確かに、煙突はないね。」
森川が小声で僕に言った。僕は頷いて、明日香さんの後ろをついていく。彼女は鞄から鍵を取り出して扉を開ける。すると元気のいい声がドアの向こうから聞こえた。
「おかえり!おねえちゃん!あ、この前のお兄ちゃんだ。」
「この前居なかったお兄ちゃんもいるぞ~」
手をひらひらと振って森川が恵君にそう言った。
「ほんとだ!だれ?」
「恵、まず挨拶でしょ。」
明日香さんが恵君にそう言うと、彼は「そうか」といった表情をしてから姿勢を正した。
「こんにちは、黒川恵です。」
「こんにちは、吉野翼です。」
「こんにちは、森川優です。」
僕と森川は恵君に倣って挨拶をした。そしてそんな僕らを明日香さんが紹介する。
「二人はね、私のクラスメイトなの。」
「姉ちゃん、どっちが彼氏でどっちが浮気相手?」
純粋そうな顔でキラーパスを出した恵君の頭を明日香さんは軽く小突いた。僕らも思わず苦笑いである。
「馬鹿なこと言わないの。一緒にクリスマスパーティーしようって誘ってくれたのよ。」
「そうなの!入って入って!大した家じゃないけどね。」
そう言って恵君は靴も脱いでいない僕と森川の手を引いた。明日香さんのほうを見ると「どうぞ」と口にしたので僕らは靴を脱いで黒川家にお邪魔した。
___________________
僕らが黒川家に到着してから二時間と少しが経ち、時刻は七時過ぎになった。
準備していたチェーン店のフライドチキンや宅配ピザは既に姿を消し、小さな炬燵で神経衰弱をしていた。
「もー!お姉ちゃんも翼お兄ちゃんも強すぎー」
恵君がそう言ったので手元の持ち札を見れば、僕と明日香さんのもとにほとんどの札が集中していた。
「吉野、大人げないぞ。」
「僕も恵君に負けるのなら仕方がないとは思っている。しかし、明日香さんや森川に負けたくはない。そして明日香さんもどうやら僕に負けたくないようだ。」
「ゲームくらいでは勝ちたいじゃないですか。」
そう言って拗ねる明日香さんを横目に、僕は森川に目線で合図を送る。森川は頷き、立ち上がる。
「お手洗いを借りてもいいかな?」
「ええ、どうぞ。その扉です。」
明日香さんがそう言って台所の近くの扉を指した。森川はその扉に向かう途中で荷物を手に取った。その荷物の中に入っているのはサンタクロースの衣装だ。
僕らのプランはそこまで優れたものではない。折を見て森川が抜け出し、サンタクロースに扮してラッピングされた小さな箱を渡す。そんなものだった。
子供だって気が付くような簡単なものだ。それでもやろうと僕らは決めた。
きっとバレる。だけど恵君に知っていてほしかったのだ、親という存在以外にもサンタクロースになる人間はいるということを。いつか彼が大人になったとき、そんな大人がいたことを思いだしてほしかった。
本当はもっといい方法があればよかったけれど、将来のことを考えればこれがベストだろう。
しかし、トイレの扉を森川が開くよりも先に音が鳴った。それはお手本のような呼び鈴の音だった。僕の家についているようなカメラの備え付けられたインターフォンではなく、ただ音が鳴るだけの簡単な呼び鈴。
「はーい。」
明日香さんがそう返事をした。しかし、その顔には明らかに疑問が浮かんでいた。その様子から察するに、おそらく予期していなかった来客なのだろう。
師走の夜は早い。すでに暗くなった外が、カーテンのかかった台所のすりガラスからでも見て取れる。
「俺が出るよ。」
森川がそう言った。
「いや、でも、」
「せっかく立ってるし、明日香さんに用があるようならちゃんと取り次ぐからさ。」
きっと、ドアの向こうにいるのが不審者なのではないかと疑ってのことだろう。小さな可能性ではあったけれど、森川なりのやさしさかもしれない。
「じゃあ、お願いします。」
明日香さんはそう言った。森川が扉を開ける。僕らはみな、扉に目を奪われていた、それは自然なことで森川の問いかけもいたって普通だった。
「どちら様でしょうか。」
しかし、普通ではなく自然ではない人間が扉の向こうに立っていた。いや、立っている。その人間は不審者かと問われれば不審者だったが、そうではないと言われればそうではなかった。
どちら様かと森川が尋ねたけれど、それは不必要な工程だったかもしれない。
何故なら扉の向こうに立っていたのは、物心ついた人間ならだれでも知っている存在だったからだ。
赤い服を身に着けて帽子をかぶり、大きな白い袋を肩にかけた、白いひげを蓄えた小太りの男。
それは誰が見ても明らかなサンタクロースだった。
その場に居合わせた僕と森川、明日香さん、恵君はそれぞれが全く異なった反応をしていた。
明日香さんには事前にサンタクロースに関するサプライズをするとだけ伝えてあった。だからだろう、思っていた以上の本格的なサンタクロースが出てきたことへの驚きを見せていた。
恵君は純粋に目を輝かせていた。それはそうだろう、森川がサンタクロースに扮していれば人数の関係ですぐにばれる。しかし現れたのは五人目で、さらに僕ら全員が驚いている。本物だと思っても仕方がない。
森川が僕のほうを見る。その顔にも驚愕の二文字が宿っていた。そしてアイコンタクトで「お前がやったのか?」と問いかけている。それを見て僕はこのサンタクロースが森川の指金ではないということを理解し、自分ではないぞと首を振った。
サンタクロースの出現によって、僕らの間を完全に沈黙が支配する。そしてその沈黙を破ったのは扉の前に控えるサンタクロースだった。
「メリークリスマス」
「わぁ~、サンタが来てくれた!」
恵君がサンタクロースに駆けよっていき、森川が僕のもとへと駆け寄り小声で言った。
「おい、嘘だろ。サンタクロースがいるぞ。」
「え、翼君たちの計らいじゃないんですか?」
明日香さんも小声で僕らの会話に混ざる。
「僕らじゃない。」
「じゃあ、いったいあれは?」
「俺は本物のサンタクロースなんじゃないかと思う。吉野はどう思う?」
僕はサンタクロースとはしゃぐ恵君を見て頭を働かせる。そして僕はサンタクロースの正体に心当たった。
なるほど、そういうことか。けれど僕はその答えを口にするほど無粋ではない。森川と明日香さんの顔を見て言う。
「とりあえず、今日は靴下を準備して寝てみるのはどうかな?」
二人はひどく腑に落ちなさそうな表情をしていたけれど、恵君は楽しそうにしていた。
それから少したってサンタは帰っていった。
「サンタさん帰っちゃった。」
玄関から戻ってこたつに入りながら、恵君がそう言った。
「何か言ってた?」
僕は尋ねた。
「うん、今日は忙しいから翼お兄ちゃんから話聞いてって。」
「そっか、じゃあ伝えるよ。」
それから僕は恵君に話をした。サンタが去年まで恵君の家を見つけられずプレゼントを届けられなかったこと。そのお詫びに今年は直接会いに来たこと。そしてサンタがプレゼントを届けるのは今年が最後だということ。
時に目を輝かせ、時に落胆しながら話を聞く純粋な少年に対して嘘を吐くことに全く罪悪感はなかった。将来は詐欺師にでもなろうかと考えてしまったくらいだ。
「なんで今年で最後なの?」
恵君はそう聞いた。
「さあ、サンタクロースの考えてることは僕にはわからない。でもきっと、君はもうお姉さんを守れるくらいの大人になれってことじゃないかな?」
「そっか、じゃあしょうがないね。」
少しだけ寂しそうに恵君が言った。子供が少し大人になる瞬間を僕と森川は見守ることしかできなかった。
それから僕と森川は恵君が疲れて眠るまで彼と遊んだ。トランプやリバーシ、人生ゲームはどれも久々にやったけれどなかなかどうして楽しいものだった。
布団ですやすやと眠る恵君を後ろに、僕は明日香さんにラッピングされた小さな箱を手渡した。
「これ、靴下に入れておいてください。」
「いただけません。」
「どうして?」
森川が尋ねた。
「今日の食事代も出してもらったのに、プレゼントなんて貰いすぎです。」
それを聞いて僕と森川は笑った。僕らを見て不思議そうな顔をする彼女に森川が箱の中身を告げる。
「その中身、俺と吉野の連絡先なんだ。お金はかかってないよ。だから、受け取ってもらえると嬉しいな。」
「どうして?」
「僕が恵君に欲しいものを聞いた時、『お友達』って言ったんだ。だからまあ、とりあえず僕らが友達になろうかなと思った。
もし、恵君の教育上よくないってことなら仕方ないけど、そうじゃなければ渡してあげて。」
僕がそう言うと明日香さんは笑っていた。そして静かにうなずいて「ありがとう」と短く言った。僕らは彼女に別れを告げ帰路に就いた。
__________________
12月25日
冬休みに入り、午前中を惰眠へと費やす予定の僕を邪魔したのは二つのメッセージだった。僕はメッセージアプリを開き内容を確認した。
黒川明日香:サンタクロースからもらいました。翼お兄ちゃん、また遊びに来てね! 恵より
可愛らしいスタンプが添えられたそのメッセージに僕は思わず微笑んだ。どうやら明日香さんの携帯を使って連絡してきたみたいだ。なんと返信を送ろうかと考えていると、追加でまたメッセージが送られてきた。
黒川明日香:翼お兄ちゃんにならお姉ちゃんのことあげてもいいよ! 恵より
僕は驚き、眼を見開いた。しかしどうやらそのメッセージはすぐに明日香さんに見つかったようで、画面から消えてしまった。「見なかったことにしてください」という明日香さんからのメッセージに。僕は「また遊びに行きます」と短く返信した。
もう一つのメッセージは森川からだった。
優:俺にはサンタ来なかったんだけど?
メッセージには空っぽの靴下の写真が添えられていた。僕は返信を送るべく携帯電話を操作する。
吉野翼:悪い子だったからじゃないか?
自分の枕もとの靴下を確認する。サンタクロースはいないのだから、当然中身は空っぽだった。どうやら僕も悪い子だったみたいだ。
昨日のMVPである喫茶店のマスターにお礼を言いに行こうと思い立ち、僕はベットから起き上がって身支度を始めた。
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