第3話

     *

 明治通りを横切る前から、右車線に注意する。間違えて六本木通り方面へ入ってしまった車が、こっちへ車線変更してくることが多い。

 案の定、左ウィンカーを点滅させた車が、一台二台とこちらのレーンに入ってきて―――。

 と、一つ前の車両がクラクションを轟かせた。

 続いた三台目が、車線から左足を少しこっちにはみださせ、とまってしまっていた。

 黄色いフィアット。

 入るタイミングが悪く、警笛の驚きでブレーキを踏んだか。

 進路妨害される形になったほうは、今一度怒りの音を表すと、黄色の横っ腹をかすめるようにしてスピードをあげていった。

 俺は最徐行にして、パッシングを一つ。

 それでフィアットは、分岐のブリンカーライトを目前にして、なんとかこっちに入り込めた。

 そしてすぐ、ハザードが二回点滅。―――「ありがとう」のサイン。

「お礼はいいんだけど、無理は禁物」

 テールの若葉マークにつぶやいた。

 それから俺の前の古いイタリア車は、よたよたと金王坂こんのうざかをのぼったが、予想通り、頂上の信号によって中腹で足留めされた。

 ゆったりとった車間。

 うつむき加減の顔で改めて見る老体は、再塗装などはしていないのだろう、くすみを隠せないでいた。

 同じく黒ずみを免れていないナンバーは横浜のもの。

[・・24]

 先の車が動きだした。

 坂道発進……いけるか?

 ブレーキランプが消える。途端、まるっこいテールは後退を始め―――。

 がんばれっ!

 ―――が、再び赤ランプが灯されることはなく、かわりに、「なにくそ!」というように唸りをあげたエンジンが、大きくはない躰を押しあげた。

 ほっと息を洩らした俺は、彼女の無事登頂を見届けると、車線を変えた。

 黄色いシルエットは瞬く間に、サイドミラーの中で小さくなっていった 。

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