第19話 心の華

雨はいつの間にか止んでいて淡い月の光が雨粒の雫をキラキラと照らし、澄んだ空気の冷たさに吐いた息が白くフワリと宙に舞った瞬間、映し出された先に見た柔らかな微笑みは、どこまでも儚く美しかった。


口をついて出た言葉は無意識だったが、シンっと静かな空間には2人きり。偶然と必然が作り上げた神秘的な魔の時間。2人間に鳴り響く華菜枝が紡いた命の糸は柔らかく温かな音色を奏でた。


「――――手、怪我したの?」


不意に彼から話しかけられた。


彼から向けられた、その心配の眼差しは華菜枝の乾涸ヒカラびだ心に、じわりと温かい光の雫を落とし傷ついた心を癒していく。――――彼の手が華菜枝の腕に伸び、そっと労わるように腕を撫でる。その仕草は、とてもとても儚げで、その初めて感じた他人からの優しさに涙が溢れた。


「――――辛いことがあったんだね」


彼は静かに泣く華菜枝を自分の懐へと招き入れ、その細くか弱い身体を目には見えない柔らかな羽で包み込むように、優しく優しく抱き締めたのだった。


彼の名前は 高藤 暁斗タカトウアキト高藤·····彼の苗字は結月家に属する家門のひとつであり、結月家専属医として成功を収めた名家の1つであった。高藤家は古くから医者の家系であり暁斗もまた医師として結月家に仕えていたのだ。


「怪我してる。見せて·····」


少し強引に華菜枝の手を引くとビクッと大袈裟に反応してしまい気恥しさからか、強い口調で怒鳴ってしまった。


「·····やめて気安く触らないで·····っ」


咄嗟に口を抑えるも放たれた言葉は真っ直ぐ彼へと向かってしまい華菜枝は恐怖の色を目に浮かべ俯いた。


彼の手が、そっと華菜枝の頭を撫でる。


「――――っ」


また涙が溢れた――――。


「ごめんね。怖がらせちゃったかな?」


彼はまた優しく微笑み華菜枝の瞳に溜まった涙を指で拭い顔を覗き込む。


少年のような澄んだ瞳――――その瞳に映る哀れな自分·····彼を巻き込んではダメだと思った。






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