第11話 約束

いつの間にか眠ってしまった少女を見つめる影が一つ。揺らりと現れ少女の身体に手を伸ばす。


触れようとした瞬間――――。


「·····んっ·····」


ぼんやりと見えた黒い影。天窓の鉄格子から蒼い月の柔らかな光が室内を、ほんのりと照らし出す。


「そこにいるのは誰?」


問い掛けるも返答はない。


だか、誰かが傍に居ることは気配で察していた。


―――錯覚ではない誰かが自分の傍に居てくれているのだ。敵だとは不思議も思わなかった·····長年憎悪の眼差しを浴び続けていたせいか人からの受ける異様な眼差しや態度で見分ける能力を身につけていた。


「――ありがとう。傍にいてくれて·····」


少女の眼に涙が滲む。誰とも知らぬ人の優しさに触れ、少女は堪らず涙を零した。先程まで自ら母の命を奪おうとし死にたいとすら思っていた醜い自分の汚れた感情·····人として扱われてこなかった人形の様な人生。行きたいとすら思えなかったのに。少女は、小さな身体を震わせ必死に声を殺して泣き続けた――――。


少女は影に手を伸ばしす。そっと、そっと今にも消え入りそうな細く痩せこせた小さな手を――――。


衰弱し、身も心もボロボロだった。影は少女を守るように――――少女の傍にいた。少女もまた、影の存在に安堵しスガってしまった。暗い部屋に独りぼっちでいるよりも、ずっと心が楽だったから·····。


少女の心は限界を迎えた―――。


「··········」


影は一瞬、躊躇するも少女を抱きしめ額にキスを落とし一言だけ、こう囁いた。


とても静かに、そしてとても優しく柔らかな声音で·····少女を抱きしめながら大きな温もりで包み込むように·····。


「必ず迎えに参ります·····」


少女は何も言わずに頷き可愛らしい微笑

みを浮かべ眠りに落ちていく。


影は少女が眠りに落ちる瞬間まで少しでも辛い心が癒えるようにと強く願った―――。


――――現在。


額の傷が疼いた。


あの日、押さえ込まれ額に負ったに小さな傷····ギュッと目を瞑ると、あの日の記憶が走馬灯のように瞼の裏に蘇る。握った右手に自然と力を入った。鈍い痛みは、あの日の記憶を鮮明に表し、生きる力を教えてくれた。


「――――私は結月詩織·····他の何者でもないわ!」


力強い眼差しに、あの日の幼かった少女の面影はない――――。


「あなたこそ何者なの?あなたは私をどうしたいの?」


あの日、あの場所には影と、もう1人·····彼、服部耀もいた。·····偶然にも、その場に服部家の長男として招かれ、結月家合同で、ある事業への着手の話が持ち上がり父 服部雅隆マサタカ服部家。当主の代わりとして結月家に招れていた。当時、彼は若干20歳の若さで警視庁本部の若手のポープとして第1線で活躍していた。成長は著しくうなぎ登り自らの地位を、着々と確かなものにしていた。その帰り際、離れから女性の悲鳴が聞こえ駆けつけた先に――――今にも華菜枝に刃物を振り下ろそうとしている少女の姿を目撃したのだった。


服部は咄嗟の判断で物陰に隠れ同行を見守る事にした。そして、あの瞬間、威嚇と護身の為に持って来ていたエアガンで少女の腕を撃ったのだった。


銃の腕には、勿論、自信もあった。


物陰に身を潜め、ひっそりと少女へ浴びせられる怒号と暴力に唇を噛み締めた。――――黙って見ていることしか出来ない無力な自分·····。今の自分の結月家での立ち位置の弱さを恨んだ。


助けにはいることは簡単だろう。しかし自分が助けに入る事で、少女の立場は疎か沙那恵にまで火の粉が及ぶ。そして何より恐れた――――今よりも、もっと酷い仕打ちを少女自身が受けるであろう事実を。


(あの女の考えそうなことだ·····沙那恵へに対する嫌がらせの一貫だろうけど胸糞悪くて吐きげする·····ほんと虫酸ムシズが走るねぇ)


服部もまた当時の嫌な記憶にツンとした酸っぱさが胸の奥に溢れ深くため息を漏らす。


華菜枝は、自分の存在に気づいていたにちがいない――――。


あの一瞬·····少女が刃物を振り下ろした時、華菜枝は笑っていたのだ。










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