第10話 過去 詩織 幼少期

幼い頃から毒蛾ドクガの娘と呼ばれ、本家の人達から嫌われ酷い虐めを受けながら育ってきた。


少女は、見目麗しき人目を引く人形の様な容姿をしていた。栗色の柔らかな髪を腰まで伸ばし蜂蜜色の瞳はくるりと大きい。肌は絹糸のように滑らかで雪のように白く美しいく、ふっくらとした愛らし唇は白い肌を、より一層、引き立たせていた。その容姿を何故だか母、華菜枝は毛嫌い会う度に酷い暴言と暴力を振るっていた。


―――何年も何年も·····。


少女には産まれた時から父親と呼べる存在はいなかった。乳母から実の父親は、貴女が殺したも同然なのだと聞かされた。父は自分を憎んみ死んでいったのだという·····。母からの強い憎悪と憎しみを感じるのも、そのせいなのだと幼いながらに理解した。·(····わたしは生まれてきてはいけなかったのかな?)心に暗い影を植え付けた。そんな折、侍女達の間で流れる噂話を耳にした。


実の父親は生きていて、何処か遠くにいること·····。父親は本当は自分を恨んでいないことや·····。実は本当の父親が誰なのかさえも定かではないということ·····。色んな言葉の数々が少女をより一層傷つけた·····。


その見た目は、母には少しも似ておらず少女の姿は、まさに内輪内では異様そのものだった。本来、結月家に女子として生を受けた者は、皆が黒髪で、そして特徴的な切れ長の目をしていた。血縁関係の者を含めた全ての結月の名を持つ血族は、皆、誰もが、そんな少女を別し気味悪がり余所者と罵った。


『狂った血が混ざりけして、この世に生まれてはならない異様な存在が結月の元へ会わられてしまった·····処分しなければ』


『結月の恥とし追放せねばなるまい』


『地下牢へ閉じ込め一生を、その場で過ごさせよ』


『生きながらにして地獄を味合わせるがいい·····華菜枝には、また子を産ませれば良い。次はまともな子をな·····』


皆が皆、少女の死を望んでいた。


誰の子かも分からぬ子を身ごもり、出産し、一度は結月を離れた華菜枝。しかし華菜枝は出産間近に本家へと戻ってきた。ヤツれ心神喪失しきっていた華菜枝を妹の沙那恵が助ける形で屋敷に連れ戻したのだった。沙那恵の行為に反対する声も多かったが持ち前の優しさと人を惹きつけ虜入れるスキルを存分に発揮した沙那恵に仇なすものは次第に消え、華菜枝を擁護する声も上がりだした。沙那恵、華菜枝、両名の立ち位置は、とてつもなく高い位にあり逆らう者は容赦なく抹殺されていった。


―――少女は思う·····。自分は、その人達の血縁者。そして自分自身も結月の名を受継ぐ高貴な存在なのだと。(それなのに·····私だけどうして·····)―――ケガれた血·····。長老達の言葉が少女の心に永遠に消えない鎖を絡め、身も心も縛りつけた。


少女の負った心の傷は、とてつもなく大きくそして、とてつもなく強い憎悪を抱き母を·····血族の長老達を恨んだ。·····そしてまた、生まれてきた自分の運命をも憎まずにはいられなかった。


心の傷は日に日に広がり。――――ある時、事件か起きた。少女が母に刃をむけたのだ――――。


年端もいかない幼子が刃物片手に母を殺そうとしている·····なんとおぞましい光景だろうか·····。少女の手は震えていた。どんな親であろうと少女にとっては、たった1人の肉親――――。もし一言でも『愛している』と言ってくれるなら。思い留まろうと思った·····。淡い期待を胸に抱き、少女は真っ直ぐ母を見つめた―――――。


華菜枝から見えた少女の真っ青な顔には、表情はなく感情を何一つ感じさせない静かな雰囲気が、不気味さに拍車をかけ緊迫感を煽る。その場にいた誰もが固唾カタズを呑んで見守った。


たった一度きりの抵抗·····。最初で最後の反抗期·····。少女は、もう堪えられなかったのだ。毎日のように繰り返される暴力の数々·····食事もまともに与えられず、生きてる実感さえなく過ごす日々。変えたかった·····変わりたかった·····。


誰も助けてはくれない悪夢のような日々から逃れたかった·····


―――解放されたかった。


「―――母様」


少女は母へ手を伸ばす·····最初で最後の切な願いを込めて―――――。


「·····このっ·····化け物!!·····お前を娘と思ったことなんてないわ!!ケカらわしい。お前さえ、お前さん産まなければ私は、どんなに幸せだったか·····」


現実は本当に残酷だ―――。


​華菜枝の耳障りな声が、毒と憎しみに満ちた本心が、脆く弱った心を抉り粉々に粉砕した。その刹那、少女の中で鎖は弾け散り、最後まで淡い期待を抱いていた肉親という細い糸を切り離した――――。


―――プッン―――


少女は感情のない目で母を見据え、ゆっくり刃物を振り下ろす――――。


「い·····いやーーーーーーーーーーっ」


誰もが目を瞑り悲惨な惨劇の目撃者になろうとしていた。


――――バンッ――――


乾いた音が室内に響き渡る。


誰が撃ったか分からぬ銃声に悲鳴の嵐が巻き起こり辺りは物々しい雰囲気に包まれた――――。


少女の手から刃物が落ちた――――。


「·····っ」少女は悲鳴すら上げなかったものの小さな吐息を洩らし、苦痛に顔を歪め、その場にウズクマり少女は小さく呟いた·····。


「·····神様は意地悪なのね」


蚊の鳴くような小さな声は誰にも届かない――――。


大人達の手により抑え込まれた。少女には既に抵抗する気力はなく小さな身体は雁字搦めにされ勢いあまり倒れた拍子に額を打ち付け小さな傷を付けた――――。


「·····誰か·····誰か!!早くこの化け物を地下牢に連れて行って!!」


パニックになりながらも必死に我が身を庇い、少女を罵る哀れな女の姿が惨めにも、そこに存在し、部屋中に響き渡る恐怖の色を纏った声音が周囲に流れる緊迫感を最高潮へとイザナった。


誰も華菜枝には逆らう者はいない。

·····いや皆、華菜枝の仕打ちを恐れ、歯向かうことが出来なかったのだ―――。


逆らうことは死に直結していたから····誰しも命は惜しいもの·····命を天秤にかけた時、比重が重ければ重いほど人は裏切り、そして醜さを表す。


極自然な原理で誰も間違ってはない。


弱肉強食の世界が、結月家の中では存在し、強い者が弱き者を支配することが当たり前のように横行していた。


少女は自分の腕を見つめた。たしかに鋭い痛みを一瞬感じた。しかし無傷―――。銃声のような響きが室内に広がり辺りを緊迫した風情を作り上げた·····。打たれたであろう鈍く痛み場所には傷とは言い難いほどの小さな粒状の跡が、薄ら残っていた。


「·····エアガン····」


少女の脳裏にエアガンの文字が浮かんだ。少女目掛けて放たれた物それは命を奪うことができる銃弾ではなく、ゲーム等で使用されることの多いエアガンから発射されたBB弾だった。·····誰が何のために少女を助けたのだろうか?


「とんだ変わり者もいたものね·····」


少女に犯罪を犯させない為に放たれた銃口が、何れ小さな救いとなることを少女は、まだ知らない――――。


「―――変わり者もいたものね」


明かり一つない薄暗い地下牢へ投げ捨てられた少女は冷静だった。·····カビ臭いその部屋は、結月家に刃向かった者の最期の場。地下深くにある、この部屋の数々は古くから存在し、今まで何十人·····いや何百の人々が、この牢の中で、もがき苦しみ命を落としいったであろうか?少女は身震いし静かに息を飲む。


しかし、怨念渦巻くこの場所は、少女にとっては思い入れの多い場所だった。辛くても悲しくても、この地下牢の天窓から見える蒼く光る月が、せめてもの慰めであり、そして癒しだったからだ。


魑魅魍魎が蠢く、この歪んだ世界に救いは何処にあるのだろうか?


「·····救いなんて·····もう求めない」


冷えた心が底冷えした空間と冷たい石の床をより一層凍らせた。寒さで身体を丸め少女は思う―――明日から自分は、どうなってしまうのだろう?いっそ、このまま自害できたらどれほど楽だろう。死にたい·····でも信じてしまう·····結月沙那恵と約束したあの言葉を――――。








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